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このブログは。
鬼灯憂乎(現/小鳥廉)が「天元突破グレンラガン」と「スーパーロボット大戦」「ブラスレイター」に関する、
2次創作の簡易倉庫にしているブログです。公式及び版権元、企業等とは一切関係ありません。

近況について。
リンク先のブログ「Cogito ergo sum.」にて、いろいろ呟いております。
なにかメッセージ等ございましたらリンク先のブログのコメント欄をご利用下さい。


黄金色の大地 無限の蒼穹

嘗て、秋には黄金色に燃える穂が波打つ肥沃な大地だった。
しかし今は、赤茶けた大地に僅かばかりの立ち枯れた木々が点在するだけの、戦争の疵痕だけが残る荒涼とした大地へと変貌を遂げてしまった。
風に靡いた黄金色に燃えたの実りの穂は、さながら黄金色の海原のように波立ちさぞかし美しかったに違いない。
けれど今、自分の掌の上にあるものは、黒い墨と化した黄金色の穂であったはずの、もの。
本来なら豊かな大地に根付き、人々の生活の糧になっていたはずの、もの。
それが、自分の掌の上で少しの衝撃で粉々に崩れてしまい、元の形すら判らなくなってしまうのだ。
あの瞬間、まだ此処では収穫の準備に明け暮れていたひとたちが、いただろう。


騒がしく囀る小鳥、人なつっこい犬達、したり顔の猫達、美しい花、きらめく緑の木々達。
一日一日を大切に生きている大人達、毎日が楽しくて仕方のない子供達。
総て、一瞬のうちに奪われてしまった。
もう此処には、当時住んでいたひとたちが生活していたと言う証明すら残されていない。
勿論、生き残ったひとたちもいた。けれど、避難できたのは、ほんの一握りの、僅かな数のひとたちだったと聞かされている。
罪は罪でしかなく、その罪に見合った贖いを受けなくてはならない。
それに気が付いているはずなのに。


人は何故、こんなにも愚かなのだろう。


何度、同じ歴史を繰り返せば気が済むのだろう。

悔いては懺悔し、そしてまた、同じ行為を繰り返す。

自分も、そんな愚かな人間のひとりなのだと、今更ながら思い知らされ…。




自分達の犯した罪は、こんなにも影を落としているのにも関わらず。
あの戦いはいったいなんだったのだろう。
コロニーが落ちる事を阻止出来なかっただけでなく、その事実さえねじ曲げられ、全てが隠蔽された記録にも、残されることのない戦い。
確かにあったはずの戦いが、白紙に戻され、無かったことになってしまった戦い。
あの戦いの中で覚えた感覚を、あの戦いで知った生き方を、あの戦いで出逢った人たちを、全て無かったものになど出来るはずがない。

そしてあのひとと出逢い。

自分は自分の甘さと愚かさを知った。

けれど、その出逢いすら無かった事とされ………。



自分とあのひとの狭間は、いったいどのくらいあったのだろう。
連邦とジオン…という距離だけではなかったはずだ。
生き様と、言うだけではなかった…と、思いたい。
でなければ何故、自分は此処にいるのだろうか。
このひとは星の海で散ってしまったというのに。


信念と、情熱と、己の理想に邁進し続けただろうあのひとが生命を落とし、自分の意志さえまともに伝えられない、焦燥と迷いの中でいつも藻掻いている自分の方が生き残ってしまった。


自分たちのその違いとは いったい何だったのだろう。
他人からすれば、幻影に囚われているだとか、過去を引きずるなと言うだろう。
けれど、確かにあのひとの存在があったからこそ、今の自分が存在している。
あのひとが居たからこそ、自分は変われたというのに。
そしてそれが自分にとって、どんな意味があったのか。
自分の人生を時に例えたら、ほんの僅かな邂逅にすぎなかったのに、あの瞬間が、自分の中の何かを壊し、そして何かを生んでくれたのだ。
ふつふつと、呪詛にも似た想いでこの数ヶ月間過ごした闇の中、心にある、あのひとの存在だけが、自分の生きる意味を標していてくれた。
けれどそれが、自分の心の枷になると、誰が考えついただろう。


もう、自分は此処には居られない。

此処にいる事に耐えられない。

多分、あのひとは「逃避…」と、言うだろう。


それに気が付いたのは、この地へ来て幾日も経たなかった。



      
      




コウが此処に着任する前から此処の住人になっていた、キースとモーラ、そしてニナはあの戦いを通して知った、ジムの火気系統の脆弱さを補うためのプログラム作成に従事していた。
そして、その新しいプログラムの起動実験をコウにして貰いたくて、コウがここに着任するまで待っていたのだ。
もちろん、コウがここに来るまでにどんな目に遭っていたかぐらい、彼等だって十二分に知っていた。
自分たちだって、同じようにあの場所に居たのにも関わらず、罪を押しつけられ執行されたのは、コウとシナプス艦長だけだった。シナプス艦長は誰の弁護も受けられず極刑によって既にこの世の人ではなくなっていたし、コウはその彼の行った行為に対する軍法会議よって裁かれ、数ヶ月間彼等の知らぬ場所へと抑留されていたのだ。
あの時、コウがあそこでGP-03で出撃したからこそ、自分たちは生き残れたのだと、地球への被害もあれだけで済んだのだと、何故、人はみな思えないのだろう。
彼等は彼等なりに、苦しんだ。だからこそ、いつでもコウが戻って来られるように、自分たちがコウの居場所を作らなくてはならないと、思って此処まで準備してきたのだ。

だが。

「大丈夫かよ、コウ」

コックピットに搭乗し点滅する計器を眺めているうちに、コウの鼓動は何故か早くなり、酷い吐き気と目眩に襲われ…。



彼等の思いと、他ならない自分の意志とは関係ない所で、コウはコックピットに搭乗出来なくなっていたのだ。勿論、彼等も、そしてコウ自身も、始めは体調が悪いのかと思っていた。
けれど日を置いても、コックピットに搭乗するたびにその症状が発現してしまうのだ。
原因はどう考えてもたったひとつ。
たった一ヶ月間の間に、まだ未成熟な青年から、ひとりの男に成長させてしまう程の戦いが、彼を、コウを変えてしまったのだ。
けれどその戦いは、コウを成長させただけではなかったのだ。
得たものも多かったが、失ったものも多かった。
あの、本当に僅かな期間の戦いの全貌を知らない者にとって、コウが受けた精神の疵がどのようなものなのかなど判るはずもなく、出された結果は、判で押されたような心因性疾患。
そんな簡単な言葉で、彼の症状を一括りにしないで、じっくり治療をしていけば絶対に治る。
だから少し時間が欲しいと、キースやモーラ達は嘆願書を出したのだが、彼等の言葉は上層部には届け入れられず……


コウは、軍を退役する事となった。

慈善事業を行っている訳ではない。軍側の言い分の方が正解だと言うのは理屈では判っていても、心情的にはどうしても彼等には納得がいかなかった。

「仕方が、ないね。」

にっこりと微笑み、上官の言うことに一切口答えしなかったコウはそう言って、たった三人に見送られオークリー基地を去っていった。

「コウは、そんな弱くなんかないのに…あんなに辛い戦いを耐えて来たのに…。」

しゃくり上げ、溢れる涙を手の甲で何度も拭いつつ、キースは小さくなって行くコウの背中を眺めながら、声を詰まらせる。

「買い被らないでくれよ、キース。戦いには耐えられたけど、勝てなかったのは事実なんだし」

コウの背中は、泣きじゃくるキースにそう語っていた。
男にしか、判らない言葉だった。




そして今、彼は荒野にある一本の立ち枯れた木の下にいる。
普段の彼からすると信じられないぐらい私物の少ない彼が唯一、私物として軍に持ち込んでいたのは、自分で作ったドッグ・タッグのみだった。
それも、キースと共にナイメーヘン時代に巫山戯て作ってみたものだったが、彼にとっては本当に唯一の宝物に近かった。そして、その一番宝物に近しいものを、この立ち枯れた木の下に穴を掘り埋めようとしていたのだ。
確かに自分が軍人だったという証明になるものは、総て退役と同時に徴収されてしまったから。
せめてこのドッグタッグだけでも、墓碑として此処に埋めよう。
決して、あのひとと戦った証明にはならないけれど。
決して、あのひとの……だとは言わないけれど。
自己満足に過ぎないかもしれない。
一時の感傷に過ぎないかもしれない。
けれど今の自分には、あの時の記憶と、あのひとの存在は重すぎた。

だから。

だからまず、此処から始まる為に。
だからこそ、此処から生まれ変わる為に。
軍人だった自分と、あの時の記憶と、あのひとの存在を此処へ閉じこめよう。


これは「逃避」かもしれない。
もしかしたらあのひとから。
あのひとの存在から逃れる為の「逃避」かもしれない。


軍人としての罪は、罪として自分は受け入れよう。
人としての罰は、人として罰を受け入れよう。


今の自分に出来る事と言えば。
そんな事ぐらいしかない。



だからこそ此処から始めよう。
傷ついた大地の復興を。
自分たちの犯した罪の償いを。
それで、罪が濯がれるとは思えないけれど。



この大地に、黄金色に燃える穂の海原が再び波打つ時まで。


ある世界の終焉とその先に(ゲルト×ヘルマン)

今日は風が強かった。
ヘルマンはふと、自分が小高い丘の上に立っているのに気付く。
風は轟々と吹くが空は透き通る様に蒼く、そして高かった。

「ここは、何処なんだろう」

自分がどうしてここにいるのか、ヘルマンは判らない。
ただ確かに云えることは、自分はもう戻ることのない旅へと旅立ったことだった。
そして此処が、その旅路の果てではないということは感じていた。


これから先は何処へと行くのか、何処へ向かうのか、ヘルマン自身わかっていなかった。
確かに云えることは、遥か遠く果てしのない旅だったのだけれど。

激しい風が、ヘルマンの太陽の陽射しを浴びて少し痛んだ短く赤い髪を容赦なく玩ぶ。
眼が痛くなるような蒼い空を見上げていたヘルマンは、
玩ばれる髪を片手で押さえつつ小高い丘から見渡せる世界を視界に移す。

そこには、更に青く果てしない海原があった。

遠く水平線はなだらかに、風に煽られた波飛沫がところどころに白く押し寄せる。
ヘルマンの住んでいた街にはない風景なのにどこか懐かしいもので。





ここが世界の果てだった。
ヘルマンが生きてきた世界は、此処で終りだったのだ。


「…ああ」


広く果てしなく、そして非情なまでに美しかった世界。
けれどもう、ヘルマンの世界は此処から先はない。

怒りも、悲しみも、絶望も、希望も、この先にはない。

あるのは、ただ…。



「オレは、もう」


そして悟った。



肩を背後から軽く叩かれる。

「…」

振り返ればそこに、ゲルトがいた。

「行こうか。新しい世界に。此処ではない何処かの世界へ」

ゲルトはそういうと、優しく微笑む。
あの時、あの瞬間と何ひとつ変わらぬ姿で、ゲルトはヘルマンに向かって微笑んできた。
そしてゲルトの顔を見た途端、ヘルマンは泣き出したくなった。
そんな彼を、ゲルトは何も言わず微笑んだまま抱き締める。



「ああ。一緒に走ろう。いつまでも。世界の果てまで」


悲しいまでに優しいゲルトの抱擁に応える様に、ヘルマンはそう言って両腕をゲルトの背へ廻す。






ひとつの世界が、ここで、終末を迎えた。

僕は 君が いったい 何を 考えているのか 判らない(Z&ZZ)

「後悔は…していないさ。それに後悔なんかするぐらいなら、始めからこんな処にいない…だろ?」

そう言ってカミーユは小さく吐息を吐くと、彼の神経質さを物語るかの様な鈍い輝きを放つフレームの眼鏡をそっと外し、疲れているのか眉間を指でぐいっとマッサージする。 
  
その表情からは当時の面影は影を潜め、毎日の仕事に疲れ切った男にしか見えない。

「でも…カミーユさん。」

そんな彼の表情を辛そうな面持ちで見つめながら、それでも答えを求めようとジュドーは上目遣いで問い掛ける。

だがカミーユの出した答えは、ジュドーの求めていたものではなかった。

「ジュドー、俺はね…俺にしか出来ない事をしただけなんだよ。そう…ジュドーが木星へ入ったのと同じ様に…ね。」

そして、微笑んでいた。カミーユは微笑んでいたのだ。
口元にだけ笑みを湛えた、何処か曖昧な微笑み。

「でも…今回の事が公になってしまったら…カミーユは…っ!」

がたり…と椅子を倒し、ジュドーは立ち上がり、興奮した様に彼へと詰め寄った。 
だがカミーユは、そんなジュドーに対し穏やかな表情で、まるで今後起こりうるだろう出来事総てを既に認識っているかの様な様子で、

「なぁ、ジュドー。俺も君もアムロさんも…シャアも、ニュータイプと言う名のカテゴリー内に全員ひっくるめられてしまっていたけれど、違うんだ。違うんだよ。アムロさんもシャアも俺も、君の様に外へと指向性を向けられなかった、在る意味発展途上中のニュータイプだったんだ。そしてこれからの時代に必要なのは、そんな出来損ないの存在なんかではなく…君の様な存在なんだよ。そう。そんな中途半端なニュータイプは人にとって不必要な存在で…滅ぶべき存在なんだ…。」

と、静かに呟く様に言葉を紡ぐその表情は、まるで夢を見ている様に薄い微笑を浮かべており、その感覚は以前、初めてカミーユに遭遇った瞬間の宇宙を感じた時に似ていた。  
 現在カミーユは、シェリー・クライムと言う偽名で此処、アナハイムエレクトロニクス社の技術研究員として働いており、サイコ・フレームの開発は彼が所属する研究室から生まれたものだった。当初、アナハイム社は連邦軍のモビル・スーツのみの開発を手がけていたがUC0083年以降、ネオ・ジオンへの武器供与をも始めたのだ。
そこから次第に「死の商人」としての確固たる地位を確立したのである。
カミーユは、ネオ・ジオンに武器を供給している側の研究室の開発技術者のひとりとしてサイコ・フレームの開発に携わっていたのだが、彼の後継人でもあるネオ・ジオンのシャア総帥からの指示によってその技術は、意図的に連邦軍側の研究室に流出させたのだ。
そしてそのサイコ・フレームは、シャアの示唆によってアムロ・レイが設計したRX?93νガンダムに、カミーユ自らの手によって搭載される事となった。

「そんなのおかしいよ。何てそんな事言い切れるのさ。おれからすれば、カミーユやアムロさん、シャアの方がずっと完璧なニュータイプだと思うぜ。特にカミーユは、おれの心を解放してくれた。カミーユがいなかったら、おれはニュータイプになんかなれなかったんだぜ。」

カミーユの言葉を否定する様に、そう言ったジュドーの表情に翳りが生まれる。
ニュータイプと言われ煽てられて、流されて、戦って。
気が付けば、深みに填り抜け出せない処にまで連れて来られて。

辛くなかったと言えば嘘になる。

救える筈だったプルを失い、プルツーも失い、ハマーン・カーンが逝く寸前に解放した身勝手な思惟によって、僅か14歳と言う年齢でありながら、無邪気でいられる子供らしい精神を奪われ一足飛びに、半ば強引に大人へ成長させられてしまったのだ。
それでも自分は不幸だったとは思わなかった。けれどカミーユは違う。

「おれは、あんたがネオ・ジオンサイドにいる事が信じられない。幾らシャアが後継人としてカミーユをずっと保護していてくれたからって、何もそこまでする必要なんかないんじゃないの?…って言ってもおれには説得力ねぇかな。何となく感じていながら、こんな事態になるまで現実から目を反らして世捨て人を気取って木星にいたんだから…。」

ジュドーは少しだけ俯き、ぽつりと呟く。
実際、ジュドーは木星空域から地球圏に拡がる、歪んだ人の意志を感じ取っていた。
そしてその中心にいる人物が何者なのか、そして何を起こそうとしているのか、僅かながらに感じ取っていたのだ。しかし、その現実から目を反らし、事が起きる寸前、今の今まで地球圏に戻って来なかった。

「…やっぱりジュドーは優しいな。自分が思っている事を、そのまま言葉にする事が出来るんだから。俺とは、全然違う。俺は、そんなにも思った事をストレートに言葉になんか出来ない。いや、仕方が判らないって言った方が正しいのかもしれない。」

そうカミーユは、俯いたままぽつりと呟く。




始めは自分の闘いだった。
そしてその闘いは次第に大きな意志によって悪意や欲望と共に拡大してゆき、その中でカミーユは肉体も精神も疵付き、純粋過ぎる悪意と欲望を抱いたシロッコの死をもって闘いに一段落が着いた。
今だから言えるのだが、あの時シロッコによって精神を一時的にしろ崩壊させられた事が、今の地球圏全体を見渡せるだけの視野を持つ切っ掛けを生んでくれたのかもしれないと、カミーユは考えていた。

ただ、その代償は計り知れなかったのだけれど。

「いいや、おれなんかよりもカミーユの方がずっと優しい。カミーユはそれに気が付いていないだけだ。だってそうだろう? 優しくないヤツが、自分以外の人 間の運命を愁いたりなんかするもんか。カミーユは、アムロさんとシャアの未来が覚えてしまったから…だから。ふたりが選択してしまった未来を換える為に、回避する手段として今の仕事をしてるんだろ? 頼むから…さ、そうだと言ってくれよカミーユ。」

ジュドーは、そっとカミーユの肩を掴み、祈る様な気持ちでそう問い掛ける。

木星と地球圏。

同じ太陽系内であっても、通信施設の関係で、映像さえ望まなければ半日から1日一寸の時差だけで会話が出来る距離だった。だが、この3年間ジュドーはカミーユとは片手で余る程度しか連絡を取っていなかった。それも毎回、リィナが一方的に連絡を寄越し、叱られながら連絡をする…言った体たらくで、とても積極的に、とは言い難いものだった。

理由はあった。

地球から木星までの距離の事を考えれば、確実にウラシマ効果は起きる。
実際、ウラシマ効果によって、ジュドーは地球圏から去った時から少しも変わっていないのだ。ティーンエイジャーである筈なのに、ジュドーのルックスは3年前から少しも変わっていない。僅かに身長が伸びた程度だ。けれど地球圏にいるリィナやカミーユ達は、着実に年相応に年齢を重ねており、ジュドーは自分だけ時間から置き去られてしまった様な錯覚に囚われてしまうのだ。
その感覚に耐えられなくなると、人は木星船団の乗組員から引退をする。
ジュドーは同じ船団の乗務員達に、そう教えられていたから、出来るだけ地球圏にいる人達とのコンタクトを避けていたという訳だ。
けれど、地球圏から発せられる人の歪んだ意志に、ジュドーは耐えきれなくなった。
世捨て人を気取り地球を捨てた筈なのに、見知った人々が歪んだ意志によって疵着き、苦しんでいるのに気が付いてしまったジュドーは、その魂削る悲鳴にも似た感覚に、ついには耐えきれなくなり…此処、月へ戻って来てしまったのだ。

「…ジュドー、もういい。君は本当に心根の優しい子だ。そんな子が、これからこの地球圏で起きる出来事に関わっちゃいけない。俺の事はいいから。俺は大丈夫だから、ジュドーは木星に還るんだ。木星で、ジュドーがしなくちゃならない事が必ずあるから。」 

優しく肩を掴んでくるジュドーに、カミーユも優しく答える。
カミーユは、判っていた。周囲が思っている程、ジュドーが決して強い性根を持っている訳では無いと言う事に。それはひとつの魂を分け合った者同士でなければわかり得ないものなのだ。そして近い未来、ジュドーの身辺で起こりうる事件。

選択肢は幾つかあるが、多分彼が選ぶだろう道。
それは、ジュドーの存在がなければ起き得ない、史実に記録される事のない事件。
けれどまだジュドー自身、それに気が付いては居ないのだ。


「俺は、サイコ・フレームが確実にνガンダムに搭載された事が確認出来次第、此処を辞める事になってる。そしてシャアの指示通り…スイートウォーターに移住するんだ。それがどういう事か、ジュドー…君なら判るだろう?」

此処へ戻って来る時に、ニュータイプとしての力を失った代わりに得たジュドーという存在だったが、もうそろそろ解放してあげよう。

もう充分ジュドーには優しくして貰った。
もう充分ジュドーには暖かな気持ちを貰った。

カミーユの心は、今暖かな気持ちで満たされている。地球圏と木星という、遠く離れた場所にいても、いつもカミーユはジュドーの心を傍に感じていたのだ。
暖かくて、優しいジュドーの心を独占してはいけない。
ジュドーにはもっと、しなくてはならない事があるのだから。
そしてカミーユ自身も、自分が選択した道を一歩踏み出す為にも。

「本当に、それでいいのか? 無理をしてるんじゃないのか? シャアはきっと地球に衛生のひとつでも墜すに違いないんだぞ。そう予感させるだけ、この地球圏は歪んだ意志と悪意で溢れてるんだ。こんな処にいつまでも居られる訳がない。こんな悪意に満ちた処にいたら、カミーユは…きっとまた、苦しむに違いないのにっ!」

ジュドーもまた感じていた。
カミーユの優しさに。 

以前の闘いの時、ニュータイプとして目覚めたばかりのカミーユの繊細な魂は剥き出しだった為に心が疵付き、止め処なく見えない血を流し続け、ゆっくりと歪みを生じ、シロッコの存在の消失と言う切っ掛けが、彼の魂を砕いたのだ。
ジュドーは、カミーユが再びそんな事態に陥って仕舞うかもしれない事を危惧していた。

「大丈夫だよ、ジュドー。俺はもうそんなに弱くないし…それに、宇宙の広がりを感じるだけの力も失ってしまってるからね。だから…だからこそ、サイコ・フレーム等という歪んだモノを生み出す事が出来たのかもしれない。」

カミーユの口から発せられた言葉は、次第に小さなものになってゆく。
Zに搭乗し、宇宙(そら)を駆っていた頃、自分の設計したその機体に何が仕込まれているのかちっとも知らなかった。
ニュータイプの素質のある搭乗者の意志を拡大し、それを放出させる事が出来るシステムが組み込まれたバイオ・センサーなる装置は、カミーユの意志とは関係なく、製造者の目論み通りまんまと起動した。
カミーユ自身、今更それに対して利用された等と思ってもいない。
だが、そのシステムに対し科学者としての探求心は芽生えたのだ。
自分の意志をあれだけ拡大する事の出来たバイオ・センサーを、更に改良し増幅、解放させる事が出来たら。
カミーユにとってサイコ・フレームを製造しようと思った切っ掛けなど、その程度だったのだ。
そしてシャアの名の下に集った科学者達と共に、サイコ・フレームの研究が始まった。

「…もう、何を言ってもだめなのか。カミーユ。」

そう言ったジュドーの言葉に、カミーユは小さく、こくりと頷いた。



「ありがとう、ジュドー。ずっと俺は君の存在を傍で感じ続けていたよ。君が俺の手に初めて触れた時から…初めて出逢った瞬間からずっと、ね。」


そう言ったカミーユの笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも幸せそうで。
そのためジュドーは、これ以上の何を言っても無駄なのだと悟った。


スイートウォーター。そこは現在、ネオ・ジオンの拠点となるコロニーだ。
ジュドーがZZに乗り宇宙を駆ってハマーンとの闘いの果てに得た、言葉に為らない虚しさを胸に木星へ旅立った半年後、シャアがネオ・ジオン総帥を名乗り挙げ、占拠したコロニーだった。
そしてこれから、カミーユが向かう場所でもある。

「…。」

小さく笑みを浮かべ、自分の肩に添えられたジュドーの手をカミーユはそっと下ろし、自分の掌よりも少しばかり小さなジュドーの手を握りしめる。

「働く男の手に…なったな、ジュドー。俺とは全然違う。」 

まだ小さいけれどゴツゴツしているジュドーの手は、無骨だったが暖かい。

「カミーユ…。」

もう、何を言っても無駄だろう。
年齢を重ね、多少変わったとは言え、こんなにも優しく男臭さの欠片もない、一見女性に見まごうかの様な容姿のカミーユではあったが、その実、色々な意味で、もしかしたらジュドーよりも強いかもしれないのだ。
一度決心したら、その決意を二度と曲げはしないだろう事は、十二分に判っていた。

「お別れだ、ジュドー。君を呼ぶ声が、木星の方から聞こえる。君にはまだしなくちゃならない事があるんだ。だから…木星に帰るんだ。」
 


ジュドーには視えていた。アムロとシャアの未来が。
そしてそれを追うかの様に、カミーユもーーーー。
けれど、それを引き留めるだけの術をジュドーは知らない。


「ああ、判ったよ。カミーユの言う、木星でおれを呼んでるって言う“誰か”の為に、おれは行くよ……。」
 

その後ジュドーは地球圏へは戻っては来なかった。


そして運命の輪の回転が加速度を増した、宇宙世紀0093年2月27日が訪れる。
シャアが行ったTV演説を皮切りに・・・。

約束の地(種)

ずうぅ・・・ん・・・っ。
油煙と灰燼を巻き上げ、至る所から爆発音が轟き渡る。
瓦壊した天井であったものや支柱などがばらばらと落下を始め、廊下だけでなく、ありとあらゆる場所に散乱し進行を妨げていた。
どぉ・・・ん・・・っっ
進めなくなった廊下を諦めたジャッキーは、壁に向かって素早く手榴弾を投げ付け血路を拓く。
粉塵と壁の欠片が吹き飛び、確実に壁に穴が空いた事を確認すると、ベルトに挟んでいたデザートイーグルを抜く。
どうっ・・・どうっ・・・どうっ・・・!
決して重たくもなく、それでいて軽くもない継続音が爆音に混ざって数回響き渡り、奥の方から数名の呻き声と悲鳴が上がった。
と、同時に数発の銃声が壁の向こう側から聞こえてくる。
だが煙に紛れ、身を潜める様にして素早く壁際に隠れたジャッキーに命中する事はなく、反対に己の位置を敵に知らせてしまう浅はかな行為なのだと、一文字に引き締めた口唇が酷薄な笑みのかたちを作り歪む。
既にジャッキーにとって、人を殺める事に対しての罪の意識など皆無に等しく、ただ、如何にして己が生き延びる事が出来るかのみを考える鬼神と化していたのだ。

かしゃり・・・。
マガジンを再装填し、使用済みのマガジンを床に捨てると、再び念を押すかの様にジャッキーは煙の向こう側に数発打ち込んだ。
それからデザートイーグルをベルトに捻じ込んで、肩から下げていたM16ALに持ち替えて、再びジャッキーは壁の向こう側へと撃ち込んだ。
だだだだただっ・・・!
連射音と同時にくぐもった幾人かの悲鳴や兵士の身体が弾ける音の後、そのまま一帯には爆発音だけが響く静寂が訪れた。
そんな激しい爆音と煙の中にあっても、ジャッキーの洞察力は少しも衰える事無く、的確に敵の位置を把握し命中させてゆく。

「…っ!」

小さく溜息を吐くと、ジャッキーは手榴弾によって穿たれた壁を潜り、中へと入って行く。
そこは、血臭と火薬、爆発によって巻き上げられた砂埃の臭いが漂っており、それらによって視界を遮られたジャッキーは、思わず忌ま忌まし気な表情をしてしまう。

「…ふ…ん…。」

埃と煙と瓦礫の山に紛れ、先程の爆発で内臓や神経を撒き散らし、肉片に成り果てた者や、瓦礫によって押し潰され単なる肉塊に成り果てた、ひととしての形態を留めていない科学者達が何体も転がっていた。
そして先程、ジャッキーの撃ち放ったデザートイーグルの餌食となり頭蓋を撃ち抜かれ、爆ぜ割れた頭部から脳漿を撒き散らした状態の数人の技術者達が、死後痙攣の為か不格好にのた打ち廻っている。
そんな惨状であってもジャッキーは顔色ひとつ変える事無く、ましてや何の感慨も無く一瞥をくれると、奥へと進んでいった。
だが、その足取りはおぼつかない。
よく見ると、ジャッキーの服は決して汗や埃や、他人の血で汚れているだけではない事が判った。
銃弾によって幾つも穿たれた穴や、切り裂かれ何とか原型を留めているといった服は、彼本人の血でどす黒く染まっており、そこから流れ伝い落ちた血が点々と、床に幾つもの血の跡を作っていたのだ。
どうやら此処に来るまでに、相当負傷したらしい。

「くそ……っ。」

奥へ進んだジャッキーは目の前の壁を呆然と眺め、己の判断ミスに小さく舌打ちをした。
幾ら洞察力に優れていたとしても、負傷し更に長時間に渡り緊張した状態が続けば、多少なりとも判断力が鈍って仕舞うのかもしれない。
そう言う状況下で、ジャッキーは進めると思って壁を破壊したのだが、そこは広いホールでしかなく、行き止まりとなっていたのだ。
廊下からは誘爆を繰り返す激しい爆発音が聞こえ続けており、ジャッキーは如何にして此処から脱出しようかと、思わず思案に暮れてしまった。
まず此処に来るまでにジャッキーは感だけを頼りに武器庫へ向かい、脱出する為に利用できそうなモノを幾つか強奪して来てはいた。
敵がいったい何を企み、そして何をしでかそうとしているのかは見当も付かなかったが、この武器庫を見た限りでは、どう考えても戦争か何かを起こし兼ねない程の武器と弾薬が蓄えられていたのだ。
とは言うものの、こういう状況下に置かれた場合、これ程迄に揃えられた武器はジャッキーにとって非常に有り難いものであったのだ。
腰に何本かベルトを巻き付け、そこへ手榴弾を幾つか引っかける。
それから周囲をぐるりと見渡し、数種類の銃が並べられているケースを見つけるとその中からデザートイーグルを選びベルトに捻じ込んだ。
そして引き出しから物色したスペア用のマガジンを幾つか取りだして、ポケットに仕舞うと目の前に幾つも立て掛けてあったM16ALをスリングにセットしてから、同じようにショルダーへ専用マガジンを突っ込んで肩から下げる。

「…。」

まだ他に利用出来そうなものがないかと辺りを見渡していると、ジャッキーの目の前に見たこともない銃器が飛び込んできた。
一見、バズーカにも似たフォルムだが、よく見ると連射が出来るシステムを持っている。とは言うものの、ランチャーほど大型ではない。
グレネードランチャーとでも言うのだろうか。
兎に角、ジャッキーはそれも使えそうだと感じたのか、そのランチヤー擬きも装備する事にした。
床に置いてあったそれを持ち上げると、どっしりとした重みが腕から伝わって来る。
だがその重みに耐えられない程でもなく、ジャッキーはそれを背負う事にした。

「さて…と。じゃ、行きますか。」

決して満足のいく装備ではなかったが、それでもないよりはマシだと、ジャッキーは独り納得をしながらそう呟き、そしてまず彼が行わなくてはならない一番始めの仕事を行うのだった。
それは、敵の追跡を受けた際に厄介となる武器の消去だった。
幾つかの爆弾から信管を抜き、単純な時限爆弾を数個作成する。
そして数ヶ所に水飴状のキャンディボムでそれ等を張り付け、自分が此処から飛び出してから数分後に起爆するようにセットする。

「よし…と。」

そう言ってジャッキーは、腕時計のストップウォッチと時限爆弾の配線を同時にセットし、武器庫から飛び出した。
勿論、これ程迄に迅速に行動出来たのも、チャンドラの解析能力がこの基地にいる科学者達の異常さに気が付いたお陰からだった。
そのチャンドラの指摘から、ジャッキーは基地内の様子を窺う為に偵察を行い、ブルコス派残党の抱いている野望の一辺を知る事になったのだ。
それは、コーディネイターを同じ人間として認めず只の実験材料しとて扱い、自分達の抱いた野望を達成させる為の手駒にしようとしていたのだ。
何処からか集められたナチュラルの若者や、コーディネイターと同じ技術で生み出された実験の為だけに生かされているコーディネイターの子供達は彼等の意志とは関係なくロボトミー手術を施し、人体改造を行われていた。
情報収集能力に長けているチャンドラがメインコンピューターにハッキングをかけていた時、『胸くそ悪い』とデータを回収しながら呟いていた事を思い出す。
始めは、ブルコス派残党と行動を共にし、どんな活動を行っているかだけを調査するように上層部から依頼され潜入していただけだった。
だがチャンドラと供に潜入し、内部を調べて行くうちに、とんでも無い情報を発見し、そしてその情報が事実であるかを調査している最中に、自分達の存在が発覚してしまったのだ。


北極海へと繋がる第4ハッチに入る暗証番号を入手し、プログラムを書き換えて、ジャッキー本人でなければそこへ入る事が出来ない様にデータを改竄すると、急速潜航艇を確保した。
そして、その潜航艇で海に出て、浮上した後に氷原へ接岸し、そこから艦載されているスノーモビルで極北日本基地へと向かう。それが、チャンドラが打ち出した脱出計画であった。
だが、スパイ活動を行っていたのは自分達だけではなかったのだ。
始めから、ブルコス派は彼等を疑っていたのだろう。
脱出計画を立てて行動に出るまでの僅か1?2時間と言う短期間であったのにも関わらず、彼等の行動は総てブルコス派残党の上層部に筒抜けであったのだった。
総てが後手後手に回ってしまっていた。
脱出する様に準備していたはずの第4ハッチのシステムを破壊されてしまった為、マニュアルで起動させなくてはならなくなってしまい、その為にジャッキーは1人で残る事にしたのだ。
一方チャンドラの方は、いち早くオーヴに戻り、ブルコス派残党が行っている非人道的行為のデータを上層部に渡さなくてはならない。

二派に別れるのは本来危険なのだが、今回ばかりはどうしようもない。

それらは総て無言のうちに行われ、チャンドラが小型潜航艇に乗り込むのを確認すると、ジャッキーは第4ハッチのコンソールパネルのある位置にまで素早く移動し、マニュアル操作を始める。
ハッチが閉じ、進水が始まるのを確認するとジャッキーは踵を返し、廊下に向かって走り出す。
追っ手の追撃を少しでも遅らせる為に、ジャッキーは総てのハッチに爆破装置をセットし、小型潜航艇が発進すると同時に爆破させた。
これで少しは時間が稼げると思い、後は地上にでも出てからヘリコプター辺りを奪い、チャンドラの待つオーヴ極北基地へ辿り着くだけなのだ。
そう、ジャッキーは考えていたのだ。
だか。

「…参ったな。」

しかし、事はそう思う様には運ぶ事はなかった。
ハッチを爆破したまでは良かったのだが、そこからが失敗だった。
出来る限りの武器をかき集め、応戦しながら逃げたつもりだったのだが、逆に追い詰められ、脱出する為の方向を見失ってしまったのだ。

「…くうぅ…っ」

再び小さく呻き声を上げると、身体を壁に預ける。
此処に来るまでに受けた傷は数知れず。
身体の至る所にある裂傷や銃創は血に濡れ、更には先程から込み上げてくるものを考えれば、此処に来るまでに数回あった誘爆に巻き込まれ床に叩き付けられてしまった際に、内臓が少々イカレてしまった事を示唆しているのだと、ジャッキーは感じていた。

「…ちっ。」

口内に溜まった血を吐き捨て、まだ多少汚れていない方の袖口で口元に付着した血を拭う。
流石に敵も、基地の存続が危うい状態にまで爆発が続くと、ジャッキーひとりを追い掛けている訳にはいかなくなったのか、それとも煙に巻かれ彼を見失ってしまったのかは不明だったが、もう誰一人として彼を追う者の姿はなかった。

「…此処の壁の向こう側が…外であれば…いいんだが。」

背にした壁を軽くコンコンと手の甲で叩き、ジャッキーは呟く。
先程までは目の前にある壁に失望していたが、これ以上此処に留まっているのは得策ではないと、第六感が警告を発していた。
しかし道を切り開かねば、どうすることも出来ない。

「…やって…みるか…」

持っていた武器の殆どをその場に捨て、背負っていたランチャーを肩に担ぐと、反動を殺すために数歩下がって腹這いになる。

「…肩の骨…砕けるんじゃ…ねぇぞ…」

ジャッキーは半ば呪文のようにそんな言葉を唱えながら安全弁を引き抜くと、撃鉄に相当するだろうスイッチを押し、引き金を引く。
ぐわん………っ!
激しい反響音が辺りに響き渡り、突き刺すような冷たい外気と共に吹雪が飛び込んできた。
だが、そんな様子でありながら一向に周囲の変化はない。どうやら自分達の事で手一杯らしく、この爆発音がジャッキーの仕業だとは思ってもみなかったのだろう。

「さて…と、とっととズラからなくっちゃ…な…。」

よろよろと立ち上がると、ジャッキーは力無く呟いた。
幾ら反動を殺すために腹這いになろうと、既に負傷した身体には激しい衝撃に代わりはなかったらしく、更に怪我を増やす結果となってしまったのだ。

「…つ…っ…。くそっ…軟弱な身体だ…脱臼なんかしやがって…。」

ランチャーを支えた方の肩がだらりと落ち、更にそれを支える様にもう片方の手で押さえつつ、ジャッキーは悪態を吐いた。
ごとり…とランチャーを床に放り捨て、ジャッキーはよろよろと壁際にまで歩み寄り、少々強引な技ではあったが、脱臼している方の腕を壁側にし、もう片方の腕で位置を確かめる様に支えると、全体重を掛けて壁に肩をぶつける。

「…ぐっ…うぅっ……。」

ごっ…と、肩から鈍く嫌な音がしたかと思うと同時に、激しい痛みが全身に走り、一瞬だけ気が遠くなりかけたが、ジャッキーはそれを必死になって耐えた。
もし万が一、此処で気でも失ったりしたら最期なのだ。

「…少しでも…遠く…へ…。」

掌をわきわきと動かし、脱臼した肩の骨の位置が元に戻った事を確認すると、ジャッキーはそう呟く様に言うと、ランチャーによって穿たれた穴から外を覗く。
外には粉のような雪が狂ったように舞い散り、眼下には流氷が浮かぶ凍えた海原が薄っすらと見え隠れしていた。
?0度以下の海水に飛び込み、無事でいられるかどうかは賭でしかなかったが、此処まで来てしまったのだ。やるしか手段は残されてはいないのだと、運を天に任せるしかないのだと、ジャッキーは覚悟を決めた。
そう。運が悪ければ、ジャッキーは死から免れられないだろう。

「…いや…その時は…その時だ…。」

悪い方悪い方へとベクトルが向かってしまう思いをかなぐり捨てるかの様に、ジャッキーは数回頭を振る。そして小さく深呼吸をしたかと思うと受け身の態勢をとり、真っ白に凍える世界へと飛び込んでいったのだった。


「ジャッキー…! 起きろっ! 眠るんじゃないっ!」

揺すり動かされ、更には耳元で大きな声で叫ばれた為に、ジャッキーは遠退いていた意識を取り戻し、ゆるゆると重い瞼を開け、周囲を見渡す。

「…こ…此処…は…?」

粉塵と煙にまみれていただけでなく、極寒の凍える海に暫くのあいだ漂っていたからか、ジャッキーの声はひどく掠れてしまっており、傍でなくては聞き取れないほどだった。

「…生き延び…られたか…おれ……」

視界に飛び込んできたチャンドラの顔。
サングラスを外したその瞳は、先ほどまで泣いていたのか、目の周囲が真っ赤に染まっていた。

「…ジャッキー…おまえは…本当に無茶をし過ぎる…よ…。頼むから…もう…こんな無茶な真似はやめてくれ…」

もうこれ以上巻く場所が無いのではないかと思われるぐらい、包帯が巻き付けられたジャッキーの腕を取り、その手を自分の額に擦り付ける様にしてチャンドラは、酷く苦しそうに言葉を紡ぐ。

「…ダリィ……おれは………」

声を発する事すらままならないほど、掠れた途切れ途切れのジャッキーの声が、此処へ至るまでの道程がどれだけ過酷なものであったかを示していた。

「…ああ…ああ。生きているとも。けどな、生きているのが不思議なぐらいの重症なんだからな…。もう…俺は誰も失いたくない。あんな想いは一回で十分だ…」

チャンドラはジャッキーに寄り添って、体温が下がらないように必死だったのだろう。
勿論、基地内には暖房が完備されてはいるが、凍えたジャッキーの身体を温めるだけの威力はない。
本来なら暖かい部屋に居たはずだろうチャンドラの手が、自分と同じように冷え切っていることに、ジャッキーは気が付いていた。

「…大丈夫…だっ…て…。おれは…こんな事でなんか…死んだりしねぇ…よ…ダリィ……おまえを…おいてなんか…な…」

多量の出血ばかりか、?0℃以下の海に漂っていたという事実が、確実に彼の体力を奪っているらしく、普段は彼の性格を顕しているかの様な穏やかな口唇は酷く青冷めており、血色を失った顔の表情も硬く、僅かながらに痙攣にも似た震えすら起こしている。
それでもジャッキーはいつものように優しい笑みを浮かべ、チャンドラにそんな軽口を叩くのだった。
けれどそんなジャッキーの姿に対し、チャンドラは言葉を失ってしまう他なかった。

「……ジャッキー…」

喩え自分達のミスではないにしろ、ミッションの半ばでこんな状態に陥ってしまった以上、軍法会議ものだろう。
幾ら地球連合軍当時とは異なり、オーヴが中心となって再結成された統合軍とは言え、軍隊内での規則は絶対なのだ。
こうなってしまった以上、自分の持ち帰ったデータだけが頼りだった。
あのデータが今後のブルコス派残党一掃の為の情報として役立てば、自分達の失敗は降格処分程度で収まるだろう。

「…そんな顔…すんじゃ…ねぇ…よ…」

ジャッキーは、チャンドラが胸の内で考えている事を読み取っているかのように、

「…おれたちは…出来るたけのことを…したんだ……。これで降格処分になっちまったなら…それはそれで…仕方ねぇだろ…? それに……そんなに厳しくはない状態だとは…思うぜ…今回の件に関しては…」

そう言って大きく溜息を吐き、静かに目を閉じて両手で顔を覆う。

「…コーディネイターだって、おれたちナチュラルと同じ人間なのに…なんであんな目に……遇わなくちゃ…ならないんだよ……許せねぇよ…プルコス派の奴等…」

チャンドラを逃がした後、ジャッキーが研究所内のロボトミー化されたコーディネイターの若者を全て葬った理由のひとつが、それだった。
一度ロボトミー化されてしまえば、二度と己の意志で物事を考え行動する事は望めない。
只、人形の様に、命令された事だけを機械的にこなすだけの、生ける屍と一緒なのだ。
このまま生き延びても、軍の病院に押し込められ、治療と称して飼い殺されるのは目に見えている。
ならば、いっそこの手で息の根を止めてやろう。
勿論、それはある意味自分勝手で傲慢な判断だったかもしれないが、ジャッキーは彼等の哀れな姿を見て殺してやる事こそが、彼等を解放する手立てなのだと考え、基地の破壊と供に彼等も葬ってきた。
そしてその言葉を聞き、チャンドラはジャッキーが行ってきた行為を察したのだ。

「…感謝こそされないかもしれないけど、ジャッキーの判断は…正しいと思う。済まん…いつも…辛い思いをするのはお前の方で…俺は…お前に助けられてばかりいる…」

目を閉じ、両手で顔を覆い隠して呟くジャッキーに対しチャンドラはそう囁くと、ジャッキーの両手をそっと隠している顔からはがす。

「…ダリィ……」

見下ろしてくるチャンドラの表情は、今にも泣き出しそうだった。

「俺は…お前と出逢ってから…弱くなっちまった…どうしてくれるんだ……お前が怪我をする度に…お前が傷付く度に…心臓が止まりそうになる…お前は…俺を早死にさせる気か…よ………っ!!」

ジャッキーの怪我を思いやってか、チャンドラはそれ以上身体に触れようとはしなかったが、それでも悪態だけは吐きたかったのか、そこまで言うと両手でジャッキーの頬を捉え。

「…っ!」

チャンドラはジャッキーの口唇に、そっと触れるだけの口接けをしたのだ。

「…基地の爆発を見て、今度こそおまえは戻って来ないかもしれないって…考えたくないのに俺の頭の中は、そんな嫌な考えばっかり浮かんで…」

まだ体温が元に戻っていないジャッキーの口唇は氷のように冷たく、ほんの少しだけ触れたチャンドラの口唇が、その冷たさに弾かれた様に離れる。
軽口なら普段から叩いてはいたが、自分から弱音を吐露する事などめったにないチャンドラから吐き出されたその言葉は驚くべき事であったし、更にはチャンドラの方から口接けをしてくる事など初めてだったので、ジャッキーは思わず絶句してしまった。

「…ごめん…ダリィ……。そんなにおまえを哀しませるつもりなんか…なかった…だからもう…」

ジャッキーはそっと手を伸ばし、チャンドラの頬に触れる。
その頬は温かく…そのぬくもりを感じられる事こそ、生きている証し。

「…もう、おまえがいない場所で無茶はしないから……」

そんなジャッキーの言葉を聞きながら、チャンドラは伸ばされた傷だらけの手を両手で握りしめ、そして自分の頬へと擦り寄せる。
互いが、互いの温度を確かめる。
そんな些細な行為ですら、今のふたりには必要だった。


「愛している」だとか「好き」だとか。
ふたりの狭間にそんな感情が、果たしてあるかどうかは本人達すら判ってはいなかった。
ただ、いつかふたりが辿り着くだろう約束の地への慰みの供として、互いが手を取り合った事は確かだった。






《初出:Evidence00/2003/12/29発行「下士官ズ・アンソロジーブック/Yes,Sir!」より

崩壊(種/死にネタ注意)

「何でだろう」

チャンドラは心の中で呟く。

「こんなはず、ない…」

何度も、訓練で咄嗟の処置の仕方は練習していたのに。
切っ掛けは、何だったのか。
チャンドラは思い出そうとする。
確か接近してきたジンを、対空砲火照射した処までは覚えていた。

だが。

インカムからミリアリアの悲鳴と、激しい爆音が聞こえたかと思ったら、その瞬間、無音となった。
何度コールしても返事のないブリッジに不安を覚えたチャンドラとパルは、インカムを投げ捨て、ブリッジに慌てて上がる。
そして、ふたりは、言葉を失う。




衝撃が激しかったせいか、スプリンクラーの作動はしていない。
被弾したブリッジは瓦礫の山で、まるで地獄の様で。
すぐに緊急用のシャッターが閉じ、幸いにもブリッジにいた人間は誰一人として宇宙へ投げ出されてはいなかったが、投げ出されても投げ出されなくても、一緒だったかもしれない。
投げ出されても投げ出されなくても、一緒だったかもしれない。
CICデッキから上がったパルとチャンドラは、その惨憺たる惨状に声すらあげる事ができなかった。

「艦長っ!! サイっ!! ミリアリアっ!?」

パルの叫びに漸く正気に戻ったチャンドラは、ショートし火花を散らしている場所に消火剤を撒こうと簡易消火栓のある位置を見て愕然としてしまった。

「…役にたたないじゃないか…よ…」

消火栓があるはずべき場所は、破壊されていたのだ。



一方パルは、血に塗れ、シートからずり落ちる様にしてぐったりとしている艦長へと駆け寄り、自分の着ている制服を強引に破って、それで艦長の腹部の止血をしていた。
ミリアリアは咄嗟にサイが庇ったのだろう。
頭部から酷く血を流しているが、サイほどではなかった。
だがミリアリアを庇ったサイの背中には、衝撃で折れたコンソールの破片が不自然なほどキレイにニョッキリと生えていた。

「サイっ!! サイっ!!」

半べそをかきながらミリアリアがぐったりとしているサイを抱きしめ、自分に血が付くことも忘れて名前を呼び続けている。

「血が…血が止まらないのぉっ!!」

サイの血に染まった両手を見つめ、叫ぶミリアリアの声からは、最早あの優しく可愛らしいものは微塵も聞こえない。

「…ディアッカ…ディアッカ…助けて……サイを助けて……っ」

縋りたい相手が傍にいない不安と恐怖から、ミリアリアの神経は擦り切れる寸前なのだろう。



そして。

パルが艦長の手当てを始めた頃チャンドラは、消火活動をするのを諦め、漸くブリッジ正面のパイロットシートのある位置に視線を移した。

だかそこには。
捻曲がって落ちたフレームや、酷く崩れた瓦礫の山があるばかり。
何処にもトノムラや、ノイマンの姿がない。


「…あっ」

瓦礫の下から僅かに見える白いもの。
それが何なのかは一目瞭然で。
チャンドラはのろのろと足を進める。
早く二人の元へ行って瓦礫を退かし、手当てをしなくては…と思ったが、なぜかチャンドラの足は縺れうまく歩き出せない。
今まで、最前線で戦ってきていたのに。
いつでも自分たちは「死」と隣り合わせな場所で戦っているのだと、自覚していたはずなのに。

「…と…トノムラ…っ!  ノイマンっ!」

転がるように瓦礫の山に駆け寄り、触れただけで火傷しそうほどまだ熱を持っている瓦礫の山をひとつずつ退かしてゆく。
早く早く早く…。
早く退かさないと、死んでしまう。
チャンドラは必死になってふたりの上の瓦礫を放り投げる。
時折、腹の底に響く地鳴りの様な音は、ほかの区画が爆発を起こしたり、誘爆を起こしている証拠だろう。
もう…AAは、沈むのかもしれない。
そんな昏い思いに捕らわれながらも、チャンドラは手を休められない。
すでに両掌とも、火脹れを起こし赤黒く変色を起こしていたし、傷ついた箇所から血に混じり嫌な色をした黄色い体液も滲み出ていた。

「あ…っ…トノム……ラっ!」

見知った少し大きめの掌を持つ腕が見えたため、、チャンドラはその手を掴み引っ張り出そうと力一杯引っ張った。
その時。

ずるり…。

何とも頼りなく、その腕が簡単に引っ張れたのだ。
そして。

「……ひっ!」

チャンドラは、まるで攣けを起こしたかの様に小さく声を上げ、息を飲む。
そう。チャンドラが抵抗なく簡単に引っ張れたのは、トノムラの腕が、肩口からしかなかったからだった。

「あ…っ  トノムラっ! トノムラっ! ノイマンっっ!?」

チャンドラはトノムラの腕を片手で抱え、もう片方の腕で瓦礫を必死になって退かし始める。
そのトノムラに繋がっていたはずの腕は、半分焦げており異臭を放っていたのだが、もうチャンドラにはどうでも良い事だった。
兎に角早く、この瓦礫の下からトノムラを、ノイマンを見つける事だけが目的になっていたからだった。

「そんな…トノムラっ!! おいっ返事をしろよっ! ノイマン…なあ、返事をしろってばっ!!」

悲鳴も、呻き声も聞こえない瓦礫の下。
まともに思考が働いていたら、腕を見つけた時点で瓦礫の下がどうなっているか判断できただろう。



そして、漸く一番大きな瓦礫を持ち上げた処で、チャンドラの表情が一気に冷える。

「…あっ」



そこに、既に息絶えたノイマンの姿があった。
いや、はっきり言えばその肉塊がノイマンかどうかなど判らない。
上半身は高熱によって炭化しており、下半身は瓦礫によって潰されている。
ついさっきまでは、確かに生きていたのに。

「…ノイ…マ…ン……」

チャンドラは抱きしめていたトノムラの腕を無意識のうちに、力一杯抱きしめていた。

「パルっ!! ミリアリアっ!! 早くここから脱出する準備を。悪いがパルは艦長とサイを支えて連れて行ってくれ」

すうっと目を細め、チャンドラは彼等に背を向けたまま、そう叫ぶ。

「えっ!?  チャンドラはどうすんのっ?」

何とか艦長の手当をし、抱き起こしていた処へチャンドラの言葉を聞き、パルは疑問を投げかける。

「…やらなきゃならない事があるから…後から…行く…」

俯いたまま、そう言った視線の先にあるものは。

「…判った。先に行ってるから…さ…、ミリアリア…早く行こう。ランチまで行けば救護班が待機しててくれるから」

艦長を抱き上げ、パルは正気を失いかけているミリアリアにそっと声を掛ける。

「…で…でもサイが……」

破って艦長の血止めに使った自分の制服の残りをミリアリアに渡し、パルはにっこり微笑んで、

「俺が支えて連れてくから…手伝ってくれるね?」

と、極力優しく言うように心がけた。心も身体も傷付いている少女を、これ以上刺激したくはないからだ。

「…う…うん」

パルに話しかけられ正気を取り戻したリアリアは、背中に刺さった破片に触れないようにサイを支えつつ、パルとともにゆっくりとブリッジを後にする。


「…チャンドラ、必ず来いよ。」

背を向けたままのチャンドラに掛ける言葉はなかったが、パルはブリッジを出て行く瞬間、振り返り、チャンドラの背を眺めつつぽつりと呟いた。



一方チャンドラの視線は。
確かに先ほどまでは、トノムラであっただろうものに釘付けになっていた。

「…」

静かに跪き、爆風によって一瞬のうちにバラバラになってしまっただろうトノムラの身体にそっと触れる。
瓦礫の発する熱によって温かいが、これは本当の温もりではない。
絶えてしまった生命に、温もりなどないのだから。

「…こんなとこに座るから……」

唯一の救いは、苦しまずに逝けた事ぐらいだろう。
こんな状態なのに、チャンドラは泣けない自分が情けなかった。
そして極力バラバラになったトノムラの身体を1ヶ所に集め、その上で抱き締めていた腕をそっとその上に置く。
センチメンタリズムを振りかざす訳ではないが、出来れば人の形にしておいてやりたかったのだ。

「じゃ…おれ、行くから…」

チャンドラはそう言って立ち上がり、トノムラとノイマンに向けて静かに敬礼をし、ブリッジを後にした。


まだリフト・グリップが生きていたためチャンドラはそれを掴み、ランチ用緊急発進デッキに向かおうとしたその時。
ブリッジの方から激しい爆発が聞こえてきた。
もう、一刻の猶予もない。
早く行かなければ、ブリッジからの爆風に巻き込まれ、艦外に放り出されてしまうのは必至だろう。
そんな考えかふと脳裏に過ぎった瞬間。
予想だにしなかった場所から爆発が起こり、その爆風に巻き込まれチャンドラは吹き飛ばされ、通路の壁面に激しく叩き付けられる。


「……ぅ」

チャンドラの口から、小さく吐息の様な声が漏れ。
そのまま意識は闇に飲まれていった。







「遅いですね、チャンドラさん。もう…最後のランチ、発進しちゃう…」

医療班に治療を終えてもらったミリアリアは、医療カプセルで眠りについているサイをチラリと見つつ、待ち続けているパルに向かって話しかける。

「そろそろ発進します、そこの方々、乗り込んで下さい」

ランチのパイロットは、外でチャンドラが来るのを待っているふたりに向かってアナウンスしてきた。

「…ミリアリア…サイと一緒に、もう乗った方がいい」

パルは気が付いていたのかもしれなかった。
もう、チャンドラが此処へは来ないという事を。

「で…でも…」

「外で、頑張ってくれてる人たちの為に、生き残るのも使命だよ。特にミリアリアは」

パルはそう言って、サイのカプセルをランチへと移動させつつ、ミリアリアも促す。

「じゃ、この子が乗ったら、発進して下さい」

パルは、ランチの搭乗口にいるマードックに向かってそう言うって、笑みを浮かべた。

「…お前さんは、どうするんだ?」

「…決まってるでしょう? 残りますよ…だって、チャンドラも、ノイマンも、トノムラも…いないんですよ?」

「……そうか。なら…仕方ない…な…」

マードックは、パルの泣いている様な笑みに向かって、そう言うしか術はなかった。

「じゃ、後の事、お願いします」

パルはそう言うと、ランチのドアを閉め、ハッチの開閉装置の側へと走って行き、ハッチを開くとランチのパイロットに合図を送る。


静かに滑り出て行くランチが視認出来なくなるのを確認すると、パルは敬礼をし通路へと向かいだした。




AAの落ちる瞬間だった。

チャンドラ(種)

オーブと言う国が今日、この地上から消えた。
名前も、そしてかたちさえも。
戦禍にまかれ、散った国。
その瞬間を、おれは見ていないけれど、脳裏に過ぎる僅かなデ・ジャヴ。
ああ、そうか。
おれの生まれた国。
おれの育った国と一緒なんだ。
殺生を禁忌とした独自の宗教を教義とし、その教えに則った生活をしていたおれの国は、国家統合の際、連合に与しない反逆国と言う理由だけで、この地上から、そして地図から永遠に消えてしまっていたんだっけ。
交換留学生としてシンガポールに留学していた時に、起こった出来事。
シャトルでほんの1時間程度の距離だったのに。
事が起こる寸前まで、父も母も、おれには連絡一つくれなかった。
事実を知ったのは大学の食堂で見ていた、テレビのニュースで。
決して豊かとは言い難い国だったけれど、独自のアニミズムに則り、穏やかな生活を良しとした、優しくて暖かくて、美しい国だった。
生い茂る濃い香りの緑。
極彩色に彩られた、鮮やかな動物や花々。
アジアの一角にある、本当に小さな島国だったのに。
結局それから、おれはシンガポールと言う国に守られるかたちで、それまでの身分と国籍を捨て去り、今までシンガポール国民として生きてきた。
名前は流石に捨てられなかったけれど…。

そして。

当時の友人達から激しく反対されつつも、反逆の意志がないことを示すために、おれは敢えて連合の軍人になる事を選択し、今こうしてここにいる。
結局、連合から離反しているんだから、笑ってしまうよな。
ふと、メガネが曇っているのに気が付いた。
何でだろう…と思いメガネを外した時、その時初めて気が付いた。
パタパタとコンソールに落ちる滴。


ああ、おれは泣いていたんだ。
父や母や、国を失った時ですら、泣いた記憶がなかったのだけれど…。


ずっと胸の奥底に封印していた自分の本当の思いが、オーブの崩壊を機に身を擡げて来たんだろうか。



これ以上、国や愛するひとを失う人達が増えたりしないように。
こんな思いをするのは、自分やオーブの人達だけで充分だから。

おれは、心の中に住まう、故国の神々に祈った。
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