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拳銃(種)

この闘いが始まった当初、フラガは一応AA内では唯一の、マリューと同等クラスの尉官だったので、部屋割りの際、優先的に個室があてがわれていた。
だが、2人部屋や4人部屋が当たり前だった今までからすると、個室生活に慣れていないフラガとしては、ついつい自室で過ごすよりもラウンジでただ、何となく過ごしている時間の方が長かった。

「あれ? フラガさん。何していらっしゃるんですか?」

ラウンジにしか設置されていないドリンクベンダーてジュースを購入するために入って来たサイは、ラウンジの片隅で大きな身体を少し丸めるようにして、何かを真剣にしているのに気が付き、フランがの側へと近づいていった。

「んーー?」

声を掛けられ、フラガは小さく伸びをしつつ、間延びした声で振り返る。

「ああサイ、何だ? 今頃。寝られる時に寝とかなくちゃ、ダメだぞ」

唯でさえ搭乗員のままならないAAで、CICだけでなくオペレートもこなせる要員は貴重だった。
特にサイは優秀で、ノイマンやトノムラが僅かに教えただけで、ある程度の機材を扱えるようになっていたのだ。

「ああサイ…じゃありませんよ。こっちが聞いているんですけどね…。それにフラガさんだって、休まれたほうがいいですよ。キラもアスランって人もちゃんと休んでるんですから」

だがサイは、そんなフラガの心中を察する筈もなく、苦笑しながらフラガの身体で影になっているテーブルを覗き込む。

「…? 何です、これ?」

テーブルの上には、小さなスプリングやネジ、それに見たことのあるフォルムの部品が所狭しと拡がっていた。

「あーー、これ? これね。銃のメンテしてんの。こうやって時々は掃除しとかないとね…ヤバイんだよね。」

そう言ってフラガはにっこりとサイに向かって微笑み、再びテーブルに向かう。
オイルやブロアブラシ、セーム皮で部品のひとつひとつの汚れを丁寧に取り除いてゆく。
フラガの無骨で、何処か不器用そうな指が、手慣れた動作で作業をこなしている姿を、サイはじっと見詰めていた。実際は、フラガは不器用などではないのだろう。でなければ、パイロットの様な繊細な仕事は出来ないだろうから。

「ん? どうした?」

背後から、息を殺すようにして覗き込んでくるサイに対し、フラガは再び振り返り、小首を傾げて問い掛けてみた。
オレンジ色のグラス越しの優しげな瞳が、何かを訴えたくても、それを言葉に出来ないでいる様だったからかもしれない。
一方サイは、少し戸惑いを見せながらも、

「…こんな事、聞くのは凄くフラガさんに失礼かもしれないんですけど…やっぱり…フラガさんって…その…軍人なんだから…えっと…その…」

と、自分の言いたい言葉が上手く言い表せないでいる様子だった。
そんなサイの様子を、フラガは椅子の背もたれに腕を廻し優しく笑みを浮かべながら、じっと見詰めていた。
フラガはサイが何を言いたいのか、直ぐに判ったからだ。

「あーー最後まで言わなくても言いたい事は判るよ。…うん。そうだね、撃った事あるよ。勿論、人をこの銃で殺した事がある。正当防衛だとかそんなのじゃなくて…その時、自分には撃って人を殺す必要性があったから。」

フラガは敢えて、サイが自分に聞きたかった問いに対し、嘘偽りや虚飾した言葉ではなく、ストレートに答える事にした。
それが今のサイには、必要だと思ったからだった。
へリオポリスで、この子達はのんびりと、戦争とは全くと言っていいほどかけ離れた場所で、普通の学生していたはずだったのに、大人達や地球連合とザフト、ナチュラルやコーディネイターとの闘いに、済し崩しのまま巻き込まれ、更には気が付けば戦場の最前線に立たされていたのだ。

本人達の意志など全くと言っていいほど無視をされた形で。

そんな中、彼等は彼等なりに、一生懸命大人の軍人達に混ざって、自分達に出来る事を出来るだけしようと努力して来ていた。言葉通り死に物狂いだっただろう。
本来ならば、まだこの子達は、守られる側にいるべき筈の子達なのに。

不甲斐ない大人達に翻弄されて。運命に翻弄されて。
見ている方が、痛々しくて見ていられないほどだった。
フラガのそんな言葉にサイは小さく俯いていたが、唐突に意を決した様におもてを上げ、

「…フラガさん。僕たちにも、それ…必要なんですかね?」

バラバラの部品になったままの銃に視線を注いだまま、そう言葉を紡いだ。
その言葉に、思わずフラガは一瞬ドキリとして、思わずサイの顔を見直してしまう。
だが、その瞳は真剣そのもので。
フラガの胸は、締め付けられる様に痛んだ。

「こんなモノ、持っちゃいけない…。お前達の様な子供が…持って良いモンじゃない。これは……」

物静かで思慮深いサイが、何も考えずにそんな事を言い出す筈がない。
きっと色々考えた末に打ち出した答えであり、言葉なのだろう。
だが、銃を持つと言う意味の重さがどれほどのものか、まだ判っちゃいないのだ。

この少年は。

フラガがも言葉を続けようと口を開きかけた瞬間。

「…ありがとうございます、フラガさん。僕は…キラやディアッカや…アスランって人みたいに力がないから…みんなを守れる力が無いから…でも何かしなくちゃ…って思って…済みませんでした…ごめんなさい。僕の迂闊な言葉がフラガさんを悩ませちゃったみたいですね。本当に済みませんでしたっ! 失礼しましたっ!」

と、普段口数が少ない筈のサイが、一気に捲し立てる様にフラガに向かってそう言うと、まるでラウンジから逃げるかの様に走り去って行ってしまったのだ。

「………って、おい…」

サイを引き留めようとして差し延べた手が宙を彷徨い、行き場を失ってしまう。
そしてフラガはその手を見詰め、思わず大きく溜息を吐くと、肩を落とす様にして俯いた。
何もしてやれない自分が歯痒い。
フラガがそう思っていると、

「…奴さん、煮詰まっちゃってんの?」

入れ替わるようにして違う子供が入ってきたのだ。

「…何だ、ディアッカか」

どっと疲れを感じたフラガは、ディアッカの姿を横目で確認すると、そう言って中断していた作業を始める為に再びテーブルに向かう。

「なんだデッアッカはないんじゃないの? それに…追っかけなくてもいいの? アイツ」

入り口の壁に背を凭れかけさせながら、ディアッカは親指で通路を示しそう言う。

「…追っかけて行ってどうすんの。今の俺じゃ、掛ける言葉見つかんないよ。それにこればっかりは他人がとやかく言える問題でもないし…酷かと思うけど、自分で判断して、自分でケリをつけなくちゃあな…」

フラガは目を眇めながらディアッカに向かって、そう答える。するとディアッカは、

「へえ…結構あんた、冷たいんだ」

と言いながらラウンジへと入ってきた。
フラガはディアッカの考えている事が今ひとつ読めなかった。
キラにしてもアスランにしても、とても判りやすいタイプで、今何を考え、何をしようとしているかが手に取るように読めたのだが、このディアッカはそうはいかなかった。
子供の癖に、自分が抱いている本当の感情を一切隠して、飄々としており捉らえどころがないのだ。
時々、自分を見ている様で仕方がない。
フラガはディアッカに対して、そんな風に思えて仕方がなかった。

「冷たいとかそういうのじゃなくて、俺はただ、出来るだけ子供に必要の無いモノは持たせたくないだけなんだけどね」

肩を竦め、そう言うフラガの姿を見ながら、ディアッカはフラガの側まで歩み寄るとテーブルの上に拡がっている銃の部品のひとつを指で摘み上げ、自分の目線の位置にまで持ち上げると、しげしげと角度を変えながら眺め、

「でも、おれたちは持ってるよ? ザフトのヤツだけど」

と、目を細め笑みを浮かべつつ、空いている片方の手で腰のホルスターから銃を抜いた。

「…で、人を殺した事は?」

フラガはそんな飄々としたディアッカに対し、少し苛つきを覚えてしまい大人気ない質問を思わずしてしてまう。

「…ヤな質問する人だな、あんた…とは言うものの、おれはまだ一度もこれで人を殺した事はないね。勿論MSでなら数え切れないくらい大勢殺してるだろうけど、残念ながら…って言うのかな、銃ではまだひとりも殺ってない。それに…これは飽くまでも最後の手段だからな。護身用でもあり、自決用でもあるからね…」

眺めていた部品をテーブルに戻し、ディアッカはフラガの向かい側に座って持っていた銃をテーブルの上に置く。

「…自決…用…か…。そうか…そうだな…」

ディアッカの科白に、フラガの表情は途端に曇ってしまった。
大人気ない質問をしてしまったばっかりに、この飄々とした少年の口から出た言葉が現実を突きつけて来たからだ。
コーディネイターの軍人とは言え、ディアッカだってまだ17才の子供だ。
そんな子供の口から、余りにも簡単に銃が自決用なのだと言い放たれたのだから。

狂っている。
こんな世の中、狂っているに違いない。
子供にこんな事を言わせてしまうなんて。
そうフラガが思った時、

「…でもももういらないかな、これ。だってさ、おれ自決なんかしたくないからね。今、おれには守ってやりたいって思うやつが現れて…どんな事があっても生きてそいつの事守ってやりたいって思ってて。だからかな、死にたくないって思うようになったんだよね。これって軍人としちゃあマズイ事なんだろうけどさ、でも死にたくないものは死にたくないもんな。…だからこれはもういらない。」

ディアッカはテーブルの上に置いた銃をフラガの方へと差し出して来た。

「連合とザフトじゃ規格が違うから流用は出来ないだろうけどさ、まだ中身は残ってるし、カートリッジもある。廃棄するなりなんなりしてくれよ。…これはあんたにしか頼めないことだからさ」

そしてそう言いながら立ち上がると、そのままふらりとラウンジから去って行こうとした。

「ディアッカ…っ」

そんなディアッカを追うように、フラガは立ち上がる。するとディアッカは、

「だからさ、おれなんかよりもナチュラルのサイの方を心配してやれよ。優しすぎるのも、時には酷だと思うんだけど。あいつ、真面目そうだからさ…大人が助けてやらないでどーすんの。牙が欲しいっていうなら、与えればいいんだよ。んで、間違った道に進みそうな時に、その道を大人が正してやればいいんだから…だろ?」

と口元に小さく笑みを浮かべ、そう言いつつ、掌をひらひらとさせて去って行ったのだ。

「…はぁ」

フラガはディアッカが去っていった入り口を眺めながら、再び大きな溜息を吐く。
自分は銃に対して、拘りすぎたのだろうか。
フラガはふと、そう思ってしまった。
MS戦と比べて銃は、人と対峙し直に生死を体験してしまう為に、出来れば子供達には持って欲しくないと思うのは大人のエゴなんだろうか…と。
子供達は子供達なりに、戦時下と言う事でそれなりに覚悟を決めていたのかもしれない。

「でも、持って欲しくないんだよ…本当に…おれとしては…」

誰もいないラウンジで、フラガのその呟きは静かに闇に消えた。
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PROJECT NIGHTMERE?3?(ナイトメア計画)

《黒い超闘士》
とくん… とくん…と、心臓の鼓動と共に総ての意識と感覚がグルンガストと共鳴を起こす。
形のないものを掴む様な世界から一気に開け、思考を巡らし司令を下せば総てが思い通りに動いて行く。
大海原にぽつんと落ちた米粒を掴む様な始まりからは信じられないほどの世界が、今は総てのモノが自分の視野内で把握出来るかの様な感覚に囚われていた。


〔〔グルンガスト壱式改、出る〕〕

総てのものから遮断され隔絶されたコクーンの中で01は言葉すら発する事なく、意思を脳からの電気信号にのみ任せた。

「しかし…いきなりの実戦で大丈夫か?」
「まだ、微調整もまともに済んでいないのだぞ」
特殊脳医学研究所の閉鎖区域からの出撃をしたグルンガストを見送り、イングラムとコバヤシ博士は、口々に非難の視線と言葉を浴びせられていた。
コバヤシ博士も、その意見には甘んじなくてはならない状況ではあった。
まだ、自分の開発中のT-LINKすら娘であるアヤに強いつつもまともに動作させられていないのだ。

〔〔あんた達ねえ…人を非難する時間があったら、もっと他にする事があるんじゃないの? そんな事してる暇があったら、初めての実戦データなんだからちゃんと記録しろっての…ったく、俺が大丈夫だって言ってんだからいいだろうが…〕〕

イングラムとコバヤシ博士を非難している科学者達の言葉をコクーンから感じ取っていた01が、管制室のスピーカーから首に取り付けられた声帯マイクで愚痴を漏らす。
グルンガストの核としてコクーンに格納されている間は非常事態に備え、酸素マスクを付けられに口腔内にチューブが差し入れられている為に、言葉が話せないのでそう言った処置がされていた。

「無駄口は叩かんでいい。どうだ、いけそうか?」

そんな01の言葉にイングラムはにこりともせず、データ解析の為の端末を忙しく操作しながら問い掛ける。

〔〔ああ、大丈夫だ。充分行ける。今までのグルンガストが出せていたスピードの1.5倍のスピードで目標ポイントへ到着出来そうだぜ〕〕


機械的に処理をされている筈の声が、何処か弾んでいる様に聞こえたのは、そこにいた科学者達だけではないだろう。そう伝えた本人ですら、まるでリミッターが外れているかの様な高揚感が自分の中で湧き上がっているのを感じていたのだから。
しかしそれは、自動的にコクーンに搭載された機械から投薬し続けられている薬物のせいなのだと、01は今はまだ気付いて居なかった。

「よし、ではそのままSRXチームへ増援に行くがいい。そして敵機殲滅後、直ちに帰投する事」

〔〔了解。任せとけってーの〕〕

「…」

イングラムの命令に対し、まるでお遣いを頼まれた子供のような返事をする01のやり取りをコバヤシ博士は複雑な心境で見守っていた。
言葉ではそう返して来る01ではあったが、送られてくるデータ上からは断続的に『悲鳴』の様なパルスが確認出来たからだ。



〔〔敵機確認。これから攻撃行動に移行する。パターン照合後、調整薬の投入よろしくっ〕〕

01が敵機を視認したのだろう。
スピーカーから何処か嬉しそうに弾んだ声が響く。

「了解。パターン照合…終了。 指定薬の投薬開始します」

01の言葉に科学者達は、演習では投薬出来なかった薬物を投与する為に、コクーンへデータを送る。

〔〔……〕〕

コクーン内で01を拘束する機械達が一斉に動作を始め、同時に脊椎に繋がる電極とチューブから各信号と薬物が投与開始されると、一瞬、チリ…とノイズが侵入してくるような不快感に01の身体は拒絶反応に似たものを発し、再び『悲鳴』の様なパルスがデータとして管制室のモニターに映し出された。






「所属不明機出現っ 接近しています!」

R?3に搭乗しているアヤが、思念にザラつきを感じ、慌ててレーダーでその感覚の確認をした。

「だめだわ… 判らない。 敵機の増援かしら…」

アヤの呟きをレシーバで聞き取ったリュウセイが

「…なんだって! 敵機かっ!」

と、いち早く反応して問い掛けるが、アヤは胸が締め付けられる様な嫌な感覚に思わず片手を胸元に持って行き、ぎゅっと拳を握りしめた。

「…判らないの… 敵機でもないし… 味方でもない気が…」

ザラザラする感覚にアヤは眉根を寄せ唇を噛み締めたその時、ライからの通信が入る。

「目視にて確認っ! 黒い機影!?」

「至急コードの確認を…っ!」

そしてライからの通信に慌てて顔を上げたアヤとリュウセイ、そして視認したライの前に現れた機体に3人は驚愕の表情で同時に呟いた。



「??????っ! グルンガストですっ!!!!」

PROJECT NIGHTMERE?2?(ナイトメア計画)

《記憶》
「イルムガルト中尉応答せよ。繰り返す、イルムガルト中尉応答せよ」
グルンガストの出撃に10分ほど遅れ出撃したイングラムの駆るR?GUNが、神島に向かう海上からグルンガストに向けて交信を何度も試みたが、酷いノイズしかスピーカーが聞こえて来ない。
基地からもグルンガストに向けてひっきりなしに呼びかけてはいたが、強力なジャミングに遭っていたのか、矢張り通信不能で返事がなかった。
『こちらR?GUN、イングラム機。神島沖ポイント707地点に到達した。これから神島に上… 』
コンソールレシーバーを使い基地司令部と交信している真っ最中に、イングラムは正面に見える神島から煙が立ち上るのを発見し、一瞬言葉が止まる。
『どうしました、イングラム少佐』
不審に思ったオペレーターが、問い掛けてくると、イングラムは正面を見据えたまま
『神島でグルンガストが敵機と交戦中の模様。直ちに向かう』
そう言うと一方的に交信を絶ち、バーニアを噴かした。
同時に基地司令部のオペレーター達は通信システムの一部を変更し、緊急回線でグルンガストに交信を再び開始したのだった。




「イルム… ルト中尉…っ  応答願…ますっ  応答を…っ! イルム中尉っ!」
コクピット内は、それ以上に小さな破裂音や、寸断された回路から飛び散る火花の音に蒸気が吹き出す音、砕けたモニターが落ちる音や、衝撃によってコンソールパネルに亀裂が入りそれが弾ける音などが酷く、緊急回線から響く酷い雑音混じりの割れた途切れ途切れの声は、それらの音や砕けたキャノピーから入る風の音に流されていた。

「……は…っ  はぁ…っ」

そんないつ機体が誘爆を起こしてもおかしくない状況の中、脱出装置が作動しないシートに座ったままの状態でイルムは呆然としていた。
いや、その表現方法は間違っていたのかも知れない。
あの閃光の中心にいたのだ、普通なら機体事爆発して姿形が無くなっていてもおかしくはない状態であったのに、グルンガストは原型をほぼ留めていたのだ。これでグルンガストがどれだけ頑強な機体であるかがよくわかった。
その状態の中にイルムがいるのだ。呆然としていたのではなく、半分は意識が朦朧として自分の置かれている状況がただ判断出来なかっただけなのかも知れない。
そんな中、ぼんやりとした状態のイルムは

「あ…れ…? 半分…見え…な……」

何処か気の抜けたそれでいて掠れた声で、ぽつりと言葉をひとつ漏らした。
鉛でも流し込まれたのではないかと思われるほど重く震える片腕を持ち上げ、のろのろと自らの視界の位置に持ってくる。
グローブは、傷だらけで中の手が見えるほど破れており、僅かに血が付いている。

「……」

現在イルムには、キャノピーとモニター越しから見えていた真っ青な蒼穹が歪に、半分だけくっきりと切り取られた形で見えており、更には赫に染まった謎のモノが視界に入っていたのだ。
そして、何故かまるで自分の身体ではないように思えてしまうほどに自分の身体が酷く重く、シートに縫い付けられ身動き一つできなくなってしまったかの様で、イルムは痺れた脳で必死に自分に何が起きたのか思い出そうとしていた。
しかし考えようとすればするほど、それはまるで空中で霧散してしまい掴むことが出来ずにいた。

「イル… 中尉… …ガ…ト中尉  返事を…ろ…」

ふ…と意識が薄れた時、小さな爆発音や火花の飛び散る音に紛れ、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
インカムから聞こえてくるのか、それともスピーカーからなのか今のイルムにはそれすらも判断が付かない状況で、その声の主が誰であるかだけははっきりと聞き取れた。

「イ…… グラ…ム…少…佐……です…か… な…んで… 少佐……が……」

自分を見下ろして来る相手がすぐ目の前にいると言うのにも関わらず、それすらも何処かフィルター越しの出来事の様な感覚で、イルムはその相手の名前を呟くと静かに意識が遠退いていった。

R?GUNに搭載されている特殊なコンピューターでジャミングキャンセラーのプログラムを立ち上げる為に神島から眼を離した一瞬の隙に、轟…っと言う衝撃波が神島方面から轟き、機体を揺さぶる。

「……っ!」

イングラムがその衝撃に顔を上げると神島は高熱源に包まれ、その閃光にモニターの彩度が僅かに落ちる。

「…まずい…な… あの様子では…」

ジャミングキャンセラーのプログラム起動を諦めバーニアを噴かそうとした時、R?GUNのターゲットセンサーが警告音を発し、イングラムはそのセンサーに反応した物体を速やかにモニターへ映し出す。
そして、モニターに映し出された敵機の形状の異様さと、ダメージを大きく受けているだろう状態にグルンガストがそこまでしたのだと察知した。しかし、グルンガスト1機でこの状態であるのだ。
R?GUN1機ではどうにもならないのは明白で、イングラムは緊急的に装備しておいたレーザーチャフを散布し、ペダルを踏んでバーニアを最大全速にし、神島へと急いだ。



建物は爆風でなぎ倒され破壊尽くされており、多分そこには町があったであろう場所の中央付近に、無惨な状態の巨体を横たわらせているグルンガストがあった。
無数の槍状のドリルがその巨体を貫き、頑強な筈の装甲が罅割れ、そこから巨体を維持する為のエネルギーを稼働させる為のプラズマリアクターからの廃熱処理を行う装置の破壊によって廃棄熱を処理仕切れなくなったせいで水蒸気が吹き出し、寸断された回路の至る所から火花が飛び散っていた。
イングラムは、らしくもなく小さく舌打ちをすると、R?GUNでグルンガストの傍まで近付き、コクピットのある頭部へと機体を寄せると手動で一部のモニターを移動させ、オートコントローラーでコンソールパネルを格納し、R?GUNのコクピットハッチを開いてシートベルトを外しハッチ脇にあるリフトグリップを使ってグルンガストの破壊されたコクピットへと降りる。

「イルムガルト中尉、返事をしろ。生きているなら…」

熱くなった装甲からの放熱は、パイロットスーツを着用していでも感じられるほどで、イングラムはスーツの内部温度調整をしつつ、割れてコクピット内が剥き出しになったキャノピーの一部を手で外しながらグルンガストのコクピットを覗き込んだ。

「…っ」

イルムの名前を呼び覗き込んだそこは、イングラムが想像していた以上の状況だった。
本来なら臭ってくる筈もないのにヘルメット越しからも、血臭が鼻腔を擽り胃液が迫り上がる様な感覚が、イングラムですらほんの一瞬だけ感じられる程の状態が、そこには繰り広げられていた。
筆舌し難いと言う言葉は、こういう時に使われるのだろう。
生命維持の危険を知らせるアラームがけたたましく鳴り響き、割れたキャノピーの一部が散乱し、更には敵機の発射しただろう槍状のドリルの破片の一部がコクピット内に突き刺さっていた。
そして破壊され既に機能を果たさなくなっているコンソールパネルの上に、グルンガストのパイロットである血塗れのイルムの片腕が、辺りをも血で染め歪な形に折れ曲がり千切れた状態で引っかかっていた。
パイロットスーツを着用した状態で怪我をし、ヘルメットが自らの手で外せない場合、パイロットスーツ内に溜まった自らの血で溺死する事もあるのだ。
だがイルムは運が良くヘルメットが外れた為に、それだけは免れていた。
が、それだけだった。

「…衝撃で…ヘルメットが外れ…窒息死は免れたが…このままでは失血死も間近だな…」

そう呟きつつ、ふ…とイルムの上半身の状態を確認した後、破壊されて半分に折れ落ちた上部モニターと、爆風で煽られコクピットに飛び込んでそのまま内部を抉る様に突き刺さった装甲の一部へと視線を移した。
コクピットの後部壁面に装甲の一部と共に縫い付けられているそれを凝視し、イルムの姿を再び見詰める。

「…ああ」

イングラムは、再び小さく喘ぐ様に声を漏らすと、コクピット内が飛び散った血で染まっている理由のもうひとつが理由がそこで判明した。



「イ…… グラ…ム…少…佐……です…か… な…んで… 少佐……が……」

ふと、衝撃と失血で意識が朦朧としているイルムがイングラムの存在に気付き、生気のない視線で自分を見詰めて来た事に気付く。
鮮やかな海の色に染め上げられた長い髪が、血でべっとりと赫く染まり重たそうに流れ落ち、その赫が雫となってシートとパイロットスーツだけでなく床をを汚しており、その反比例する色彩が、じわじわとイルムの生命の灯火を奪っていっているのだ。

「黙っていろ。直…医療班が到着する…」

イングラムは、自分を見詰めたまま意識を手放すイルムに、ただそれだけ言うと粉々になったキャノピー越しから天空を仰いだ。




呼吸を補助する装置のポンプの音と心拍数と脈拍を監視する装置の微かな電子音が、静かな病室に響く。真白なリネンと薄水色の患者用の白衣、そして全身を覆い尽くす包帯がイルムの身体を覆い尽くしていた。

「時間を掛ければ損傷した肉体の再生も…可能ではある」

ICUにある滅菌室で眠るイルムをガラス越しに眺め、イングラムは手渡されたカルテと、その他のデータが記されたレポートを眺めながらポツリとそう言葉を紡いだ。

「しかし…」

そして一呼吸したあと、そのレポートの内容を読み上げていた相手に向けて

「今戦における戦線復帰は絶望的だな…」

と、感情のない口調で言い放つ。
「特機のパイロットの戦線離脱か…」
イルムの眠る滅菌室を監視するモニターを眺めつつ、医師と科学者、研究員と一部の軍上層部のメンバーが渋い顔をしてみなが一様に小さく呻く。
「現戦況を考えると、我々にとっても手痛い損失だ…」
事実、グルンガスト級の特機のパイロットの養成には、多大な時間が必要だった。
更に云えば、イルムは中尉と言う階級ではあるが、特機パイロット養成には欠かせない教官としての知識と能力も高く、今後、特機のパイロットになるだろう若者達のよき先駆者として働いて貰う予定でもあったのだ。
「だが、こうなってしまっては…傷痍兵として…後方に下がって貰うしか…」
「では今後グルンガストのパイロットは誰がするのだっ」
「新兵に能力者はいないのか」
科学者も軍上層部の、イルムの容態を案じるだとか労うなどと言う意思はまるでなく、手駒が減った事にのみ議論を投じており、そこにイルムの親族がいると言う事なとすっかり忘れているかの様で、カザハラ博士は青冷め強張った表情のままモニター越しの自分の息子を見詰めていた。
そんな中イングラムはその様子に薄っすらと彼等を見下した様な笑みを浮かべつつ、

「ひとつ…手段を問わないのであれば…」

『消去済み』と書かれたディスクを一枚、過去の資料の中から取り出す。
「……っ!」
そのディスクに見覚えのあったカザハラ博士とハミル博士、そして軍上層部のメンバーでも更に発言力のある人物の1人が息を呑み、イングラムの持つそのディスクを凝視した。
「駄目だ…っ それは凍結したプロジェクトのはず…っ」
ハミル博士がカザハラ博士の顔色を窺いつつ、そう叫ぶ様にして、イングラムの行動を諫める。
しかしそんなハミル博士の言葉を遮る様にしてイングラムは、何事もなかったかの様に淡々と語り続け、

「????それには、凍結されている“例の計画”の凍結解除と再編…」

そこまで言うと、今度はカザハラ博士が取り乱したように椅子から立ち上がり、イングラムへと詰め寄ってその襟刳を掴み言葉もなく拳を怒りに振るわせたが、反対にイングラムはそんなカザハラ博士を軽く一瞥し、

「イルムガルト中尉本人の意思と了承が必要になる」

そう言い放つと襟刳を掴んでいたカザハラ博士の手を払い除け、小さく溜息を吐いて襟を正した。
そして、

「…カザハラ博士ほどの方が私情に流されて、現存する数少ない手段のひとつの妨げをするような愚かしい行為を…するはずなどありませんね」

そう言ってイングラムは口元を弓形に口角を吊り上げた。



特殊脳医学研究所の地下施設内にある、一般研究員が立ち入ることの出来ない第一級サイコハザード区域の最奥部に作られた更に特殊IDを持っている人間しか侵入を許されない区域に、イングラム少佐、そしてイルムがいた。

「意識が覚醒している間に、出来るだけの事をしておいてもらわないとな…」

生命維持装置や、ありとあらゆる特殊な機械がイルムの寝ているユニットの周囲には設置されており、それら総てがイルムの身体の何処へと繋がれている。
そして、そんな状態でありながらもイルムは手渡された資料が映し出されるモニター付端末を器用に片手で操作しながら、必要項目にチェックを入れ書類とデータを照らし合わせ、身体状況をチェックしているイングラムに向けてそう呟いた。
神島での事件からまだ2週間だと言うのに、既にイルムはそこまで会話が出来るようになっていた…と言うよりも、強引にそれらの事が出来るような身体に調整されたと言っても良かった。
その影響でか、1日のうち半分は意識を失う様に眠っているか、半覚醒状態でデータを抽出する作業と、投薬によっての肉体の補強調整に費やされていた。

「ああ。まだ本格的な調整前だからな、ここで潰してしまったとしたら、貴様に掛けられた莫大な予算が水泡と帰す」

イングラムの無情とも思える言葉に、イルムは掠れた何処か冷めた笑い声を漏らす。
既に、この計画に首を縦に振った時点で、イルムは“人として生きる権利”を捨てたのだ。
既に軍籍も抹消され、何処の軍施設内にも存在しない事になっていた。
いやそれ処か、もしかしたら戸籍すら廃棄され『死亡者』扱いされているのではないかと、イルムは考えていた。それほど、今現在イルムが置かれている状況は過酷なものだったのだ。

「予算分は働かないと…な… あんたも減給されたくはないだろ…」

半分虚ろな視線で、そう言うとイルムは口元だけで笑みを作る。
以前のような明るく、太陽の陽射しのように明るく全開で笑っていた時とは正反対の仄昏い陰を落とした笑顔は、白く乾きひび割れた口唇に青冷めてくすんで肌の色を更に暗いへと見せる。

「俺の事はどうでもいい。総ては貴様中心なのだからな… さて。それでは先ほどの説明の続きだが」

だが、イングラムの方はそんなイルムの軽口を聞いているのかいないのか、イルムの言葉を遮り、

「…当時、ドナ・ギャラガーという女性研究員が“個人”で開発していたシステムの応用だ。 まあ言ってしまえばTLSの前身に近いものだな。」

そう言葉を続け、イルムの持つ端末にデータを送る。
その内容は普通の精神を持つ人間ならば吐き気を催す様な大量の実験データと、そのサンプルの写真、そしてその実験家結果とサンプルの末路が克明に記されていたのだ。
しかし、イルムはそれらを顔色ひとつ変えず無言のまま閲覧し続けている。

「…違いがあるとすれば、インターフェースを脳の指令部に直結させると言うことだな…」

イングラムはそこまで言うとイルムの方をチラリと見遣り、そして一呼吸置く。
それは、イルムに対してまるで憐憫の情を思わせる様な視線ではあったが、本人はそんな気は一切無く、イルムにしてもそれをイングラムが本心からしているとは思ってもおらず、その視線を受け取る事はない。

「しかし…皮肉なものだな。…カザハラ博士達が開発計画の進退を賭けてまで封印した…その悪魔が…最初から貴様を選んでいたとはな…」

と、最後のデータをイルムの端末に送信し終え、イングラムはポツリと呟く。

「月基地の…」

そこへ小さな電子音が鳴り、そのデータを受け取って丁寧にそれらを脳内へと叩き込みながら、反対にイルムはイングラムの言葉を遮るかの様に言葉を続けた。

「…いや、もっとずっと前から…“こいつ”は俺の傍に居たんだな…」

抹消された筈のデータの一部のコードナンバーのシステムの一部が、何も知らないままずっと自分が駆っていたグルンガスト壱式に搭載されていた事と、そしてそのコードナンバーが実は自分に科せられていたものだと知り、イルムは先ほどとは異なる笑みを漏らした。

「イングラム……この身体、あんたにくれてやるよ」

資料を読んで総ての事柄が自分の胸の中で繋がり、ストンと腹の中に収まった感覚を受けたイルムは、最初から、そのつもりだったんだろう…と、言う様にイングラムへと微笑む。

「覚悟はある…と言うことか いいだろう」

イルムの表情を見詰め、イングラムも薄く微笑む。
共犯者は、出来るだけ多い方がいい。
しかし、この計画に限ってはふたりだけで充分なのだ。


そして……。




PROJECT NIGHTMERE?1?(ナイトメア計画)

《序章》
「神島沖ポイント707地点に、アンノウン出現っ! 識別信号レッドっ!」
オペレーターの声が司令部に響き渡り、伊豆基地が俄に慌ただしくなる。
ブリーフィングルームで待機していたイルムは、突然鳴り響くアラートの音に慣れた様子でリーディングエリアへと駈け出して行く。
「ウイングガスト、ハンガーエリアにて、出撃可能ですっ!」
ハンガーデッキを駆け抜けると、オペレーターの声がハンガーに響き渡り、その声に促されるようにイルムは既にグルンガストからウイングガストに変形している機体に接岸してあるタラップへと駆け上り、コクピットへと飛び込んだ。
「よし 出撃させろっ!」
司令室からの命令に、イルムはコンソールパネルへオートから音声入力モードへと変更を打ち込んで行く。
「了解しましたっ! イルムガルト中尉、出撃して下さいっ!」
司令室でのやり取りをヘッドレシーバーから聞こえてくる。
総て入力し終え、コントロールの管理がトラフィッカーの手から自分へ移るのを確認し、
「アイハブ!」
と声を上げる。
反対にレシーバーから“ユーハブ”とトラフィッカーから返事が戻り、完全にウイングガストの操縦権が自分へ移った事が判り、同時に
「了解。システム・オールグリーン 射出ビーコン確認 ウイングガスト 出るっ!」
カタパルトデッキに移動したウイングガストは、ライトグリーンに輝くビーコンの誘導によって轟音と共に飛び立って行った。



「ウイングガスト 神島沖ポイント707到達しました」
敵機を視認出来ない為、ジャイロスコープと示し併せつつレーダーサーチングするイルムは、コンソールパネルの上を忙しなく指を踊らせていた。
「よし…っ いたっ!」
敵機は光学迷彩仕様なのか視認出来ないが、レーダーには映り込む為、それを頼りに探査を行わなければならないのが面倒ではあったが、それでもこの方法が現段階では一番確実であるため、グルンガストの装備からすると不便きわまりなかったが妥協するしかない。
「…っ」
レーダーで存在位置を確認し、モニターから映し出される敵機の姿を発見すると、イルムはコントローラーを握りしめ、その敵機が上陸している島へと降下していった。



《始まり》
そこは、地獄だった。
いや、地獄と表現出来るほど、生易しい状態ではなかった。
「…酷…い… なんだって…こん…な…」
グルンガストのコクピットから、上陸した島の町の全景を呆然と眺め、イルムは絶句する。
今まで、各地の戦場を点々と渡り歩いてきてはいたが、ここまで酷いものは初めてだった。
宙空に浮かぶ、アンノウン…敵機から伸びた先端がドリルのように鋭く尖った無数の触手が、町中にある総てのものを貫いていたのだ。
そしてそれは当然ながら、ものだけでなく人も含まれており…。

「……っ!」

伸びた触手の1本が本体に引き寄せられると、そこには逃れる事が出来ないまま身体を貫かれ絶命し無惨な姿の血塗れの少女の遺体が引っかかったままの状態で、コクピットのモニター画像をアップにしていたイルムの視界に入った。
一瞬、その少女の長く赤い髪が、恋人とダブり、思わず首を振る。
そして眼前の敵が今まで地上に降下してきた敵とは確実に違う相手なのだと、瞬間イルムは判断した。

「…間に合わなくて…済まなかった…」

心の中でイルムはモニターに映る少女の遺体に向かってそう言うと、コンソールパネルの上を指が素早く手動いて行き、システムをオートからマニュアルに切り替える。
そして同時に頭上のパネルからマニピュレーターが伸びてくると、それを掴んで引き下ろし、システム変更をするとそのマニピュレーターがトリガーへと変化した。


「ブースト・ナックルっっ!!!!!!」

そして、そのトリガーを握り締めるとそのまま勢いをつけて引き寄せ叫んだ。





闘いが、始まった…。



《予兆》
モニター越しに見える敵はクリスタルの様な輝きを放ち、先端がドリルのように鋭角で幾つもの突起を触手のように伸ばし、のたうち暴れさせ地上の町を一つ地獄絵図にしてしまった、アンノウン。
咄嗟にブーストナックルを放ったが、その敵はそれをまるで予測していたかの如く、その触手のような突起が前方へと集束し、放ったブーストナックルを絡めて受け止めるとそのまま地面へと叩きつける。
「こっちの行動が…読めるって…事か…」
そう眼前の敵を睨み据え、イルムはそう吐き捨てると乾いた唇を舌で何度も濡らす。
全身に走る緊張を、その行動で押さえつけている様だった。
「さぁーて…」
握りしめたグローブの中の手に、じっとりと汗が滲む。
「もたもたしてたら… こっちがやられちまうから…なっ!」
コンソールパネル上に表示される赤い文字を視界の隅に、ペダルを踏み込みトリガーを引いた。
「行けぇぇーーーーーーっ!」
踏み込むペダルに併せ、グルンガストが爆音をあげて突進して行く。
残念ながら、この機体は他のパーソナルトルーパーと違い接近戦用に造られており、射程距離が短く遠距離攻撃に向いてはいない為に、ある程度の所まで敵の懐へと入らなければならなかった。
だが、その代わりに巨大で装甲も特殊VG合金で覆われており、多少の爆撃を受けてもびくともしない様になっていた。
地面に叩きつけられたブーストナックルを回収するためのプログラムを素早く打ち込み、触手の絡んだ腕がブースターの逆噴射によって引き千切って行き、グルンガストの元へと戻る。
僅かな振動音と共にグルンガストの腕の肘の関節部へ放たれていた部分が結合すると直ぐにイルムは、マニピュレーターが正常に稼働するかの確認をする為に指を折り込む。
「…」
そして突進をかけた敵に向け両腕をあげ、自分に向かってくる錐状に集束された触手に向かって掴みかかると、捻じりあげ引き寄せそれをブチブチと力任せに引き千切った。

『ォォオォォォォォォォオォオーーーーーーーーーン…』

幾つもの触手状のドリルがひとつに集束し、錐となってグルンガストを貫こうとしていた敵は、そのグルンガストの行動に対応出来ず、その部分を引き千切られるとその巨大な身体を震わせ、全身を振動させて低い唸り声の様な音を発したのだ。
「…な…にっ」
その音は、どちらかと言うと音と言うよりも人の呻き声にも似ており、イルムは瞬間的に周波数を捉える為、コンソール上で解析を始めつつ、同時に次の攻撃パターンを瞬時に考え、触手と触手の狭間の僅かな隙間に手を捻じ込め、
「オメガ・レーザーーーっ!」
と叫び、音声入力でその僅かな隙間へレーザーを浴びせる。
鋭い光が奔流となり迸ると、敵は再び低い唸りをあげる様にその巨体を震わせた。

と、その時だった。

突然激しくアラームが鳴り響き、コンソールパネルの一部がレッドシグナルを明滅始め、
“装甲被弾脚部駆動部30% コンデンショングリーン 胸部45% シグナルイエロー ファイナルビーム発射不可能”
コンピューターからの音声アテンションがコクピット内に鳴り響かせたのだった。



引千切った触手をそのまま投げ捨てると、地響きを立てて地面に落ちる。
普段なら町中での戦闘を極力控えるイルムだったが、足元の町は既に生命反応ゼロだ。
同時に、コンピューターの解析が確かなら、自分が考えている事が正しく、まずはそれを行う方が先だと考え、イルムは敵機の触手を払い、如何にして起動不能にするかを考えていた。
“警告、警告。前方、収束するエネルギー反応あり”
コンピューターがけたたましい警告音と共に、モニターに映る敵が掲げてくるメーザー砲らしきものの砲身がグルンガストに向けられている事を告げて来る。
「チッ… やっぱそれもありってか…っ!」
四方に展開されている触手とは異なる形状のものが大きく拡がりグルンガストに向けられ、その先端からの高熱元反応で真っ赤に染まり点滅するモニターに映し出された。
「やられるかってーの…っ」
引き千切った触手を投げ捨てたグルンガストの手にはいつの間にか召喚された計都羅ごう剣が掲げ上げられ、まだ絡まってくる触手を薙ぎ払いその返し手で、グルンガストに照準を合わせてくる4門のメーザー砲の一番正面に任る1門を一閃する。
『ォオォオォオォーーーーーオォオォオーーーーンンンン…ッ』
すると、再び巨体を震わせ低くそして大きな唸り声の様な音が鳴り響き、イルムは眉を顰める。
先ほどとは事なり、その音は超震動波をも発生しているらしく、同時にグルンガストの機体が軋む程に震え、そしてコクピットの中のイルムの脳にダイレクトにその震動も伝わり、まるで脳を掻き回され様な感覚に陥り、一瞬眩暈を起こしたのだ。

「く…そ…っ」

クラクラする頭を軽く左右に振ると他のメーザー砲の照準から回避する為に、無意識のうちに指はその状態でもコンソールの上を滑って行く。
超震動発生浴びたグルンガストのコンピューターの一部はシステムダウンし、マニュアル操作に変更しなくてはならなくなったが、もともとマニュアル操作に慣れていたせいか、直ぐにシステム変更をする事が出来、更にはそれに対応した操作は容易かった。
しかし、モニターもコンソールもシステムダウンした部分を表示したままであったし、警告音は鳴りっぱなしの状態で総ての操作を行わなくてはならない。

「今の攻撃でシステムダウンしたとこって、コクピット内の環境制御してるとこばっかじゃねえか…っ」

モニターの片隅で点滅しているレッドシグナルは、エアシステム、生命維持装置、脱出装置、照準レティクルシステム等で、殆どがコクピット内の環境と戦闘に必要なシステムだった。
エアシステムがダウンしたと言うことは、このまま長時間の戦闘に及べば、機体の廃棄熱がコクピットを熱し続け、グルンガストを起動させているコンピューター総てがダウンするだけでなく、パイロットである自分の生命をも危ぶまれる状態になってしまう。

「こんなところで… 死ねるか…よ…っ!」

イルムは口の中で呟くように叫び、召喚した計都羅ごう剣を掴んでいない方の腕を掲げ上げ、再び今度は至近距離からのブーストナックルを、幾つもの触手が出ている上部円環へ向けて放った。

グルンガストの機体が、ブーストナックルを発射する反動で一瞬揺れる。
コクピットの中でその振動を受けながらイルムは次の手を考えつつ、コンソールパネルに伸ばした手を忙しなく動かし続けていた。
マニュアル操作ともなると普段の倍以上の手間が掛かるため、僅かだが余裕が無くなってしまうのだ。

「よっしゃぁっ!」

マニュアル操作したブーストナックルが、上手く敵機の上部円環部を貫き、何本かの触手を薙ぎ払う事に成功した為、思わずトリガーを握っていた手に力が入った。
コクピット内の気温が上昇し始めているのか、長い髪が汗で首筋にまとわりつき、額には僅かに汗が滲んでいる。それでも敵機からの攻撃のパターンをはじき出すモニターの解析画面と睨めっこをしている為に、その汗を拭っている暇はない。
パタパタと汗の滴がコンソールやシートに落ちる。

「…!」

先ほどの敵機から響いた超振動波を発生させた轟音というか、唸り声の解析が出来たことを示すデータが解析モニターに映し出される信号音に目配せ、その結果にイルムはギリッと歯噛みする。

「やっぱり…俺の感は間違っちゃ…いなかった…っ」

しかし、その結果に対応出来る手札がこちらにある訳もなく解析データを横目で睨み、イルムはただ歯噛みするしかなかったのだ。
と、その時だった。イルムはモニター越しの敵機を凝視し、信じられない光景を目の当たりに絶句する。

「おいおい… そりゃあ…反則だろ…」

レットシグナルに彩られたモニターに映し出されたのは、自己修復を行いグルンガストが今まで攻撃してきた部分が元の形に再生されて行く敵機の姿だった。
スローモーションで逆回転再生されていくように、触手は総て元通りになって行き、薙ぎ払ったメーザー砲ですら元通りの姿に戻って行く姿に、流石のイルムも焦りを覚え出す。
しかし、ここで眼前のこの敵機をグルンガスト一機で倒さない事には始まらないのだ。
そう。現在、他のパーソナルトルーパーは基地周辺に出現した、また別の敵機と交戦中な為に応援要請は望めないのだ。
コクピット内の温度がじわじわと上がり、モニターやコンソールが悲鳴を上げているかの様に真っ赤に点滅している。

「くそ…っ 諦める…か…っ」

イルムはモニター越しの敵機を睨み、悪態を吐きつつコンソールに映し出された機体のエネルギー残量の確認をすると、握り締めていたトリガーの赤いボタンの安全装置を外し、そのまま押し続けたままの状態で、

「計都羅ごう剣っ! 暗剣殺っっ!!!」

そう叫ぶと、召喚してあった計都羅ごう剣を掲げ上げ、正面の敵機へその刃を向ける。
そして、轟…っと言う爆音が響くと、グルンガストと敵機を轟音と目映い光が飲み込んで行った。





しゅうしゅうと水蒸気や黒煙を上げ、グルンガストが大地に横たわっていた。
機体の至る所から火花が飛び散り、無数の亀裂が入った巨体には数え切れないほどのドリルが刺さっていた。
グルンガストの攻撃を敵機も当然ながら読んでいたのだろう。
その攻撃と同時に、敵機は全触手をグルンガストへと向け、その先端のドリル部分のみを一気に射出したのだった。
一方、敵機もグルンガストの攻撃で多大なダメージを受けたのか、宙空に浮遊するのが精一杯といった状態で、触手をゆらゆらと揺らしつつゆっくりと上空へと上昇していった。




Intermission : ATX-01(ナイトメア計画)

「…イルムガルト中尉」

本来、戦闘から戻ってきたグルンガストが格納され、整備点検されている筈のそこに、グルンガストの姿はなく、そして軽口を叩きながらタラップから下りて来る早々シャワールームへと駆け込むイルムの姿もない。ただあるのは、静まりかえった緊張感と、グルンガストの帰投を待ち続けている整備兵の重苦しい沈黙だけだった。
偶然にも極東基地へ立ち寄っていたゼンガーは、複雑な面持ちで空っぽな格納庫で独り佇んでいた。
この事実を知ったら、キョウスケとエクセレンはどう思うだろう…ゼンガーは唇を引き締め、グルンガストを待ち続けているプラットホームを睨み付けた。

軽薄に風体や言動にはあわない、実は真面目で堅実な戦歴の持ち主のイルムを、決してゼンガーは嫌いではなかった。出撃すれば、必ず戦績を上げてくる。
だが、そんな突出した能力が、彼の教員指導監であった上官に疎ましがられたのだろう。
キョウスケもそうだったが、華々しい戦歴のわりに階級は高いものではなく、一部の者達からは陰謀説まで上がっていたほどだったが、当の本人達は至って気にしているようではなかった。

「…何故、戻って来ないのだ」

当然ながら、パイロットは戦士だ。
戦場に赴くと言う事は、死地に向かうと言う事なのだと十二分にゼンガーも判ってはいたが、特機を駆るイルムガルトが戻ってこないと言う知らせを聞かされた時に受けた僅かな眩暈にも似たショックは、自分でも衝撃だった。
自らの目で確かめた訳ではない。
戦闘で消息を絶ち、そのままM.I.A(戦闘中行方不明者)となるパイロットは幾らでもいる。
当然ながらそのままK.I.A(作戦中戦死者)に移行する者も多い。
新兵も、ベテランもしかり。
だが何処かいつの間にか、特機乗り同士の間では帰投して当然と言うあり得ない意識が働いていたのかもしれなかったのだ。

幾ら、パイロットは戦死した場合に対して遺言として遺書を書かされているとはいえ。



「…」


ゼンガーは早く戻って来いと言葉には出せず、拳をぎゅっと握りしめるとくるりと踵を返し無言のままそこから立ち去った。
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