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約束の地(種)

ずうぅ・・・ん・・・っ。
油煙と灰燼を巻き上げ、至る所から爆発音が轟き渡る。
瓦壊した天井であったものや支柱などがばらばらと落下を始め、廊下だけでなく、ありとあらゆる場所に散乱し進行を妨げていた。
どぉ・・・ん・・・っっ
進めなくなった廊下を諦めたジャッキーは、壁に向かって素早く手榴弾を投げ付け血路を拓く。
粉塵と壁の欠片が吹き飛び、確実に壁に穴が空いた事を確認すると、ベルトに挟んでいたデザートイーグルを抜く。
どうっ・・・どうっ・・・どうっ・・・!
決して重たくもなく、それでいて軽くもない継続音が爆音に混ざって数回響き渡り、奥の方から数名の呻き声と悲鳴が上がった。
と、同時に数発の銃声が壁の向こう側から聞こえてくる。
だが煙に紛れ、身を潜める様にして素早く壁際に隠れたジャッキーに命中する事はなく、反対に己の位置を敵に知らせてしまう浅はかな行為なのだと、一文字に引き締めた口唇が酷薄な笑みのかたちを作り歪む。
既にジャッキーにとって、人を殺める事に対しての罪の意識など皆無に等しく、ただ、如何にして己が生き延びる事が出来るかのみを考える鬼神と化していたのだ。

かしゃり・・・。
マガジンを再装填し、使用済みのマガジンを床に捨てると、再び念を押すかの様にジャッキーは煙の向こう側に数発打ち込んだ。
それからデザートイーグルをベルトに捻じ込んで、肩から下げていたM16ALに持ち替えて、再びジャッキーは壁の向こう側へと撃ち込んだ。
だだだだただっ・・・!
連射音と同時にくぐもった幾人かの悲鳴や兵士の身体が弾ける音の後、そのまま一帯には爆発音だけが響く静寂が訪れた。
そんな激しい爆音と煙の中にあっても、ジャッキーの洞察力は少しも衰える事無く、的確に敵の位置を把握し命中させてゆく。

「…っ!」

小さく溜息を吐くと、ジャッキーは手榴弾によって穿たれた壁を潜り、中へと入って行く。
そこは、血臭と火薬、爆発によって巻き上げられた砂埃の臭いが漂っており、それらによって視界を遮られたジャッキーは、思わず忌ま忌まし気な表情をしてしまう。

「…ふ…ん…。」

埃と煙と瓦礫の山に紛れ、先程の爆発で内臓や神経を撒き散らし、肉片に成り果てた者や、瓦礫によって押し潰され単なる肉塊に成り果てた、ひととしての形態を留めていない科学者達が何体も転がっていた。
そして先程、ジャッキーの撃ち放ったデザートイーグルの餌食となり頭蓋を撃ち抜かれ、爆ぜ割れた頭部から脳漿を撒き散らした状態の数人の技術者達が、死後痙攣の為か不格好にのた打ち廻っている。
そんな惨状であってもジャッキーは顔色ひとつ変える事無く、ましてや何の感慨も無く一瞥をくれると、奥へと進んでいった。
だが、その足取りはおぼつかない。
よく見ると、ジャッキーの服は決して汗や埃や、他人の血で汚れているだけではない事が判った。
銃弾によって幾つも穿たれた穴や、切り裂かれ何とか原型を留めているといった服は、彼本人の血でどす黒く染まっており、そこから流れ伝い落ちた血が点々と、床に幾つもの血の跡を作っていたのだ。
どうやら此処に来るまでに、相当負傷したらしい。

「くそ……っ。」

奥へ進んだジャッキーは目の前の壁を呆然と眺め、己の判断ミスに小さく舌打ちをした。
幾ら洞察力に優れていたとしても、負傷し更に長時間に渡り緊張した状態が続けば、多少なりとも判断力が鈍って仕舞うのかもしれない。
そう言う状況下で、ジャッキーは進めると思って壁を破壊したのだが、そこは広いホールでしかなく、行き止まりとなっていたのだ。
廊下からは誘爆を繰り返す激しい爆発音が聞こえ続けており、ジャッキーは如何にして此処から脱出しようかと、思わず思案に暮れてしまった。
まず此処に来るまでにジャッキーは感だけを頼りに武器庫へ向かい、脱出する為に利用できそうなモノを幾つか強奪して来てはいた。
敵がいったい何を企み、そして何をしでかそうとしているのかは見当も付かなかったが、この武器庫を見た限りでは、どう考えても戦争か何かを起こし兼ねない程の武器と弾薬が蓄えられていたのだ。
とは言うものの、こういう状況下に置かれた場合、これ程迄に揃えられた武器はジャッキーにとって非常に有り難いものであったのだ。
腰に何本かベルトを巻き付け、そこへ手榴弾を幾つか引っかける。
それから周囲をぐるりと見渡し、数種類の銃が並べられているケースを見つけるとその中からデザートイーグルを選びベルトに捻じ込んだ。
そして引き出しから物色したスペア用のマガジンを幾つか取りだして、ポケットに仕舞うと目の前に幾つも立て掛けてあったM16ALをスリングにセットしてから、同じようにショルダーへ専用マガジンを突っ込んで肩から下げる。

「…。」

まだ他に利用出来そうなものがないかと辺りを見渡していると、ジャッキーの目の前に見たこともない銃器が飛び込んできた。
一見、バズーカにも似たフォルムだが、よく見ると連射が出来るシステムを持っている。とは言うものの、ランチャーほど大型ではない。
グレネードランチャーとでも言うのだろうか。
兎に角、ジャッキーはそれも使えそうだと感じたのか、そのランチヤー擬きも装備する事にした。
床に置いてあったそれを持ち上げると、どっしりとした重みが腕から伝わって来る。
だがその重みに耐えられない程でもなく、ジャッキーはそれを背負う事にした。

「さて…と。じゃ、行きますか。」

決して満足のいく装備ではなかったが、それでもないよりはマシだと、ジャッキーは独り納得をしながらそう呟き、そしてまず彼が行わなくてはならない一番始めの仕事を行うのだった。
それは、敵の追跡を受けた際に厄介となる武器の消去だった。
幾つかの爆弾から信管を抜き、単純な時限爆弾を数個作成する。
そして数ヶ所に水飴状のキャンディボムでそれ等を張り付け、自分が此処から飛び出してから数分後に起爆するようにセットする。

「よし…と。」

そう言ってジャッキーは、腕時計のストップウォッチと時限爆弾の配線を同時にセットし、武器庫から飛び出した。
勿論、これ程迄に迅速に行動出来たのも、チャンドラの解析能力がこの基地にいる科学者達の異常さに気が付いたお陰からだった。
そのチャンドラの指摘から、ジャッキーは基地内の様子を窺う為に偵察を行い、ブルコス派残党の抱いている野望の一辺を知る事になったのだ。
それは、コーディネイターを同じ人間として認めず只の実験材料しとて扱い、自分達の抱いた野望を達成させる為の手駒にしようとしていたのだ。
何処からか集められたナチュラルの若者や、コーディネイターと同じ技術で生み出された実験の為だけに生かされているコーディネイターの子供達は彼等の意志とは関係なくロボトミー手術を施し、人体改造を行われていた。
情報収集能力に長けているチャンドラがメインコンピューターにハッキングをかけていた時、『胸くそ悪い』とデータを回収しながら呟いていた事を思い出す。
始めは、ブルコス派残党と行動を共にし、どんな活動を行っているかだけを調査するように上層部から依頼され潜入していただけだった。
だがチャンドラと供に潜入し、内部を調べて行くうちに、とんでも無い情報を発見し、そしてその情報が事実であるかを調査している最中に、自分達の存在が発覚してしまったのだ。


北極海へと繋がる第4ハッチに入る暗証番号を入手し、プログラムを書き換えて、ジャッキー本人でなければそこへ入る事が出来ない様にデータを改竄すると、急速潜航艇を確保した。
そして、その潜航艇で海に出て、浮上した後に氷原へ接岸し、そこから艦載されているスノーモビルで極北日本基地へと向かう。それが、チャンドラが打ち出した脱出計画であった。
だが、スパイ活動を行っていたのは自分達だけではなかったのだ。
始めから、ブルコス派は彼等を疑っていたのだろう。
脱出計画を立てて行動に出るまでの僅か1?2時間と言う短期間であったのにも関わらず、彼等の行動は総てブルコス派残党の上層部に筒抜けであったのだった。
総てが後手後手に回ってしまっていた。
脱出する様に準備していたはずの第4ハッチのシステムを破壊されてしまった為、マニュアルで起動させなくてはならなくなってしまい、その為にジャッキーは1人で残る事にしたのだ。
一方チャンドラの方は、いち早くオーヴに戻り、ブルコス派残党が行っている非人道的行為のデータを上層部に渡さなくてはならない。

二派に別れるのは本来危険なのだが、今回ばかりはどうしようもない。

それらは総て無言のうちに行われ、チャンドラが小型潜航艇に乗り込むのを確認すると、ジャッキーは第4ハッチのコンソールパネルのある位置にまで素早く移動し、マニュアル操作を始める。
ハッチが閉じ、進水が始まるのを確認するとジャッキーは踵を返し、廊下に向かって走り出す。
追っ手の追撃を少しでも遅らせる為に、ジャッキーは総てのハッチに爆破装置をセットし、小型潜航艇が発進すると同時に爆破させた。
これで少しは時間が稼げると思い、後は地上にでも出てからヘリコプター辺りを奪い、チャンドラの待つオーヴ極北基地へ辿り着くだけなのだ。
そう、ジャッキーは考えていたのだ。
だか。

「…参ったな。」

しかし、事はそう思う様には運ぶ事はなかった。
ハッチを爆破したまでは良かったのだが、そこからが失敗だった。
出来る限りの武器をかき集め、応戦しながら逃げたつもりだったのだが、逆に追い詰められ、脱出する為の方向を見失ってしまったのだ。

「…くうぅ…っ」

再び小さく呻き声を上げると、身体を壁に預ける。
此処に来るまでに受けた傷は数知れず。
身体の至る所にある裂傷や銃創は血に濡れ、更には先程から込み上げてくるものを考えれば、此処に来るまでに数回あった誘爆に巻き込まれ床に叩き付けられてしまった際に、内臓が少々イカレてしまった事を示唆しているのだと、ジャッキーは感じていた。

「…ちっ。」

口内に溜まった血を吐き捨て、まだ多少汚れていない方の袖口で口元に付着した血を拭う。
流石に敵も、基地の存続が危うい状態にまで爆発が続くと、ジャッキーひとりを追い掛けている訳にはいかなくなったのか、それとも煙に巻かれ彼を見失ってしまったのかは不明だったが、もう誰一人として彼を追う者の姿はなかった。

「…此処の壁の向こう側が…外であれば…いいんだが。」

背にした壁を軽くコンコンと手の甲で叩き、ジャッキーは呟く。
先程までは目の前にある壁に失望していたが、これ以上此処に留まっているのは得策ではないと、第六感が警告を発していた。
しかし道を切り開かねば、どうすることも出来ない。

「…やって…みるか…」

持っていた武器の殆どをその場に捨て、背負っていたランチャーを肩に担ぐと、反動を殺すために数歩下がって腹這いになる。

「…肩の骨…砕けるんじゃ…ねぇぞ…」

ジャッキーは半ば呪文のようにそんな言葉を唱えながら安全弁を引き抜くと、撃鉄に相当するだろうスイッチを押し、引き金を引く。
ぐわん………っ!
激しい反響音が辺りに響き渡り、突き刺すような冷たい外気と共に吹雪が飛び込んできた。
だが、そんな様子でありながら一向に周囲の変化はない。どうやら自分達の事で手一杯らしく、この爆発音がジャッキーの仕業だとは思ってもみなかったのだろう。

「さて…と、とっととズラからなくっちゃ…な…。」

よろよろと立ち上がると、ジャッキーは力無く呟いた。
幾ら反動を殺すために腹這いになろうと、既に負傷した身体には激しい衝撃に代わりはなかったらしく、更に怪我を増やす結果となってしまったのだ。

「…つ…っ…。くそっ…軟弱な身体だ…脱臼なんかしやがって…。」

ランチャーを支えた方の肩がだらりと落ち、更にそれを支える様にもう片方の手で押さえつつ、ジャッキーは悪態を吐いた。
ごとり…とランチャーを床に放り捨て、ジャッキーはよろよろと壁際にまで歩み寄り、少々強引な技ではあったが、脱臼している方の腕を壁側にし、もう片方の腕で位置を確かめる様に支えると、全体重を掛けて壁に肩をぶつける。

「…ぐっ…うぅっ……。」

ごっ…と、肩から鈍く嫌な音がしたかと思うと同時に、激しい痛みが全身に走り、一瞬だけ気が遠くなりかけたが、ジャッキーはそれを必死になって耐えた。
もし万が一、此処で気でも失ったりしたら最期なのだ。

「…少しでも…遠く…へ…。」

掌をわきわきと動かし、脱臼した肩の骨の位置が元に戻った事を確認すると、ジャッキーはそう呟く様に言うと、ランチャーによって穿たれた穴から外を覗く。
外には粉のような雪が狂ったように舞い散り、眼下には流氷が浮かぶ凍えた海原が薄っすらと見え隠れしていた。
?0度以下の海水に飛び込み、無事でいられるかどうかは賭でしかなかったが、此処まで来てしまったのだ。やるしか手段は残されてはいないのだと、運を天に任せるしかないのだと、ジャッキーは覚悟を決めた。
そう。運が悪ければ、ジャッキーは死から免れられないだろう。

「…いや…その時は…その時だ…。」

悪い方悪い方へとベクトルが向かってしまう思いをかなぐり捨てるかの様に、ジャッキーは数回頭を振る。そして小さく深呼吸をしたかと思うと受け身の態勢をとり、真っ白に凍える世界へと飛び込んでいったのだった。


「ジャッキー…! 起きろっ! 眠るんじゃないっ!」

揺すり動かされ、更には耳元で大きな声で叫ばれた為に、ジャッキーは遠退いていた意識を取り戻し、ゆるゆると重い瞼を開け、周囲を見渡す。

「…こ…此処…は…?」

粉塵と煙にまみれていただけでなく、極寒の凍える海に暫くのあいだ漂っていたからか、ジャッキーの声はひどく掠れてしまっており、傍でなくては聞き取れないほどだった。

「…生き延び…られたか…おれ……」

視界に飛び込んできたチャンドラの顔。
サングラスを外したその瞳は、先ほどまで泣いていたのか、目の周囲が真っ赤に染まっていた。

「…ジャッキー…おまえは…本当に無茶をし過ぎる…よ…。頼むから…もう…こんな無茶な真似はやめてくれ…」

もうこれ以上巻く場所が無いのではないかと思われるぐらい、包帯が巻き付けられたジャッキーの腕を取り、その手を自分の額に擦り付ける様にしてチャンドラは、酷く苦しそうに言葉を紡ぐ。

「…ダリィ……おれは………」

声を発する事すらままならないほど、掠れた途切れ途切れのジャッキーの声が、此処へ至るまでの道程がどれだけ過酷なものであったかを示していた。

「…ああ…ああ。生きているとも。けどな、生きているのが不思議なぐらいの重症なんだからな…。もう…俺は誰も失いたくない。あんな想いは一回で十分だ…」

チャンドラはジャッキーに寄り添って、体温が下がらないように必死だったのだろう。
勿論、基地内には暖房が完備されてはいるが、凍えたジャッキーの身体を温めるだけの威力はない。
本来なら暖かい部屋に居たはずだろうチャンドラの手が、自分と同じように冷え切っていることに、ジャッキーは気が付いていた。

「…大丈夫…だっ…て…。おれは…こんな事でなんか…死んだりしねぇ…よ…ダリィ……おまえを…おいてなんか…な…」

多量の出血ばかりか、?0℃以下の海に漂っていたという事実が、確実に彼の体力を奪っているらしく、普段は彼の性格を顕しているかの様な穏やかな口唇は酷く青冷めており、血色を失った顔の表情も硬く、僅かながらに痙攣にも似た震えすら起こしている。
それでもジャッキーはいつものように優しい笑みを浮かべ、チャンドラにそんな軽口を叩くのだった。
けれどそんなジャッキーの姿に対し、チャンドラは言葉を失ってしまう他なかった。

「……ジャッキー…」

喩え自分達のミスではないにしろ、ミッションの半ばでこんな状態に陥ってしまった以上、軍法会議ものだろう。
幾ら地球連合軍当時とは異なり、オーヴが中心となって再結成された統合軍とは言え、軍隊内での規則は絶対なのだ。
こうなってしまった以上、自分の持ち帰ったデータだけが頼りだった。
あのデータが今後のブルコス派残党一掃の為の情報として役立てば、自分達の失敗は降格処分程度で収まるだろう。

「…そんな顔…すんじゃ…ねぇ…よ…」

ジャッキーは、チャンドラが胸の内で考えている事を読み取っているかのように、

「…おれたちは…出来るたけのことを…したんだ……。これで降格処分になっちまったなら…それはそれで…仕方ねぇだろ…? それに……そんなに厳しくはない状態だとは…思うぜ…今回の件に関しては…」

そう言って大きく溜息を吐き、静かに目を閉じて両手で顔を覆う。

「…コーディネイターだって、おれたちナチュラルと同じ人間なのに…なんであんな目に……遇わなくちゃ…ならないんだよ……許せねぇよ…プルコス派の奴等…」

チャンドラを逃がした後、ジャッキーが研究所内のロボトミー化されたコーディネイターの若者を全て葬った理由のひとつが、それだった。
一度ロボトミー化されてしまえば、二度と己の意志で物事を考え行動する事は望めない。
只、人形の様に、命令された事だけを機械的にこなすだけの、生ける屍と一緒なのだ。
このまま生き延びても、軍の病院に押し込められ、治療と称して飼い殺されるのは目に見えている。
ならば、いっそこの手で息の根を止めてやろう。
勿論、それはある意味自分勝手で傲慢な判断だったかもしれないが、ジャッキーは彼等の哀れな姿を見て殺してやる事こそが、彼等を解放する手立てなのだと考え、基地の破壊と供に彼等も葬ってきた。
そしてその言葉を聞き、チャンドラはジャッキーが行ってきた行為を察したのだ。

「…感謝こそされないかもしれないけど、ジャッキーの判断は…正しいと思う。済まん…いつも…辛い思いをするのはお前の方で…俺は…お前に助けられてばかりいる…」

目を閉じ、両手で顔を覆い隠して呟くジャッキーに対しチャンドラはそう囁くと、ジャッキーの両手をそっと隠している顔からはがす。

「…ダリィ……」

見下ろしてくるチャンドラの表情は、今にも泣き出しそうだった。

「俺は…お前と出逢ってから…弱くなっちまった…どうしてくれるんだ……お前が怪我をする度に…お前が傷付く度に…心臓が止まりそうになる…お前は…俺を早死にさせる気か…よ………っ!!」

ジャッキーの怪我を思いやってか、チャンドラはそれ以上身体に触れようとはしなかったが、それでも悪態だけは吐きたかったのか、そこまで言うと両手でジャッキーの頬を捉え。

「…っ!」

チャンドラはジャッキーの口唇に、そっと触れるだけの口接けをしたのだ。

「…基地の爆発を見て、今度こそおまえは戻って来ないかもしれないって…考えたくないのに俺の頭の中は、そんな嫌な考えばっかり浮かんで…」

まだ体温が元に戻っていないジャッキーの口唇は氷のように冷たく、ほんの少しだけ触れたチャンドラの口唇が、その冷たさに弾かれた様に離れる。
軽口なら普段から叩いてはいたが、自分から弱音を吐露する事などめったにないチャンドラから吐き出されたその言葉は驚くべき事であったし、更にはチャンドラの方から口接けをしてくる事など初めてだったので、ジャッキーは思わず絶句してしまった。

「…ごめん…ダリィ……。そんなにおまえを哀しませるつもりなんか…なかった…だからもう…」

ジャッキーはそっと手を伸ばし、チャンドラの頬に触れる。
その頬は温かく…そのぬくもりを感じられる事こそ、生きている証し。

「…もう、おまえがいない場所で無茶はしないから……」

そんなジャッキーの言葉を聞きながら、チャンドラは伸ばされた傷だらけの手を両手で握りしめ、そして自分の頬へと擦り寄せる。
互いが、互いの温度を確かめる。
そんな些細な行為ですら、今のふたりには必要だった。


「愛している」だとか「好き」だとか。
ふたりの狭間にそんな感情が、果たしてあるかどうかは本人達すら判ってはいなかった。
ただ、いつかふたりが辿り着くだろう約束の地への慰みの供として、互いが手を取り合った事は確かだった。






《初出:Evidence00/2003/12/29発行「下士官ズ・アンソロジーブック/Yes,Sir!」より
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崩壊(種/死にネタ注意)

「何でだろう」

チャンドラは心の中で呟く。

「こんなはず、ない…」

何度も、訓練で咄嗟の処置の仕方は練習していたのに。
切っ掛けは、何だったのか。
チャンドラは思い出そうとする。
確か接近してきたジンを、対空砲火照射した処までは覚えていた。

だが。

インカムからミリアリアの悲鳴と、激しい爆音が聞こえたかと思ったら、その瞬間、無音となった。
何度コールしても返事のないブリッジに不安を覚えたチャンドラとパルは、インカムを投げ捨て、ブリッジに慌てて上がる。
そして、ふたりは、言葉を失う。




衝撃が激しかったせいか、スプリンクラーの作動はしていない。
被弾したブリッジは瓦礫の山で、まるで地獄の様で。
すぐに緊急用のシャッターが閉じ、幸いにもブリッジにいた人間は誰一人として宇宙へ投げ出されてはいなかったが、投げ出されても投げ出されなくても、一緒だったかもしれない。
投げ出されても投げ出されなくても、一緒だったかもしれない。
CICデッキから上がったパルとチャンドラは、その惨憺たる惨状に声すらあげる事ができなかった。

「艦長っ!! サイっ!! ミリアリアっ!?」

パルの叫びに漸く正気に戻ったチャンドラは、ショートし火花を散らしている場所に消火剤を撒こうと簡易消火栓のある位置を見て愕然としてしまった。

「…役にたたないじゃないか…よ…」

消火栓があるはずべき場所は、破壊されていたのだ。



一方パルは、血に塗れ、シートからずり落ちる様にしてぐったりとしている艦長へと駆け寄り、自分の着ている制服を強引に破って、それで艦長の腹部の止血をしていた。
ミリアリアは咄嗟にサイが庇ったのだろう。
頭部から酷く血を流しているが、サイほどではなかった。
だがミリアリアを庇ったサイの背中には、衝撃で折れたコンソールの破片が不自然なほどキレイにニョッキリと生えていた。

「サイっ!! サイっ!!」

半べそをかきながらミリアリアがぐったりとしているサイを抱きしめ、自分に血が付くことも忘れて名前を呼び続けている。

「血が…血が止まらないのぉっ!!」

サイの血に染まった両手を見つめ、叫ぶミリアリアの声からは、最早あの優しく可愛らしいものは微塵も聞こえない。

「…ディアッカ…ディアッカ…助けて……サイを助けて……っ」

縋りたい相手が傍にいない不安と恐怖から、ミリアリアの神経は擦り切れる寸前なのだろう。



そして。

パルが艦長の手当てを始めた頃チャンドラは、消火活動をするのを諦め、漸くブリッジ正面のパイロットシートのある位置に視線を移した。

だかそこには。
捻曲がって落ちたフレームや、酷く崩れた瓦礫の山があるばかり。
何処にもトノムラや、ノイマンの姿がない。


「…あっ」

瓦礫の下から僅かに見える白いもの。
それが何なのかは一目瞭然で。
チャンドラはのろのろと足を進める。
早く二人の元へ行って瓦礫を退かし、手当てをしなくては…と思ったが、なぜかチャンドラの足は縺れうまく歩き出せない。
今まで、最前線で戦ってきていたのに。
いつでも自分たちは「死」と隣り合わせな場所で戦っているのだと、自覚していたはずなのに。

「…と…トノムラ…っ!  ノイマンっ!」

転がるように瓦礫の山に駆け寄り、触れただけで火傷しそうほどまだ熱を持っている瓦礫の山をひとつずつ退かしてゆく。
早く早く早く…。
早く退かさないと、死んでしまう。
チャンドラは必死になってふたりの上の瓦礫を放り投げる。
時折、腹の底に響く地鳴りの様な音は、ほかの区画が爆発を起こしたり、誘爆を起こしている証拠だろう。
もう…AAは、沈むのかもしれない。
そんな昏い思いに捕らわれながらも、チャンドラは手を休められない。
すでに両掌とも、火脹れを起こし赤黒く変色を起こしていたし、傷ついた箇所から血に混じり嫌な色をした黄色い体液も滲み出ていた。

「あ…っ…トノム……ラっ!」

見知った少し大きめの掌を持つ腕が見えたため、、チャンドラはその手を掴み引っ張り出そうと力一杯引っ張った。
その時。

ずるり…。

何とも頼りなく、その腕が簡単に引っ張れたのだ。
そして。

「……ひっ!」

チャンドラは、まるで攣けを起こしたかの様に小さく声を上げ、息を飲む。
そう。チャンドラが抵抗なく簡単に引っ張れたのは、トノムラの腕が、肩口からしかなかったからだった。

「あ…っ  トノムラっ! トノムラっ! ノイマンっっ!?」

チャンドラはトノムラの腕を片手で抱え、もう片方の腕で瓦礫を必死になって退かし始める。
そのトノムラに繋がっていたはずの腕は、半分焦げており異臭を放っていたのだが、もうチャンドラにはどうでも良い事だった。
兎に角早く、この瓦礫の下からトノムラを、ノイマンを見つける事だけが目的になっていたからだった。

「そんな…トノムラっ!! おいっ返事をしろよっ! ノイマン…なあ、返事をしろってばっ!!」

悲鳴も、呻き声も聞こえない瓦礫の下。
まともに思考が働いていたら、腕を見つけた時点で瓦礫の下がどうなっているか判断できただろう。



そして、漸く一番大きな瓦礫を持ち上げた処で、チャンドラの表情が一気に冷える。

「…あっ」



そこに、既に息絶えたノイマンの姿があった。
いや、はっきり言えばその肉塊がノイマンかどうかなど判らない。
上半身は高熱によって炭化しており、下半身は瓦礫によって潰されている。
ついさっきまでは、確かに生きていたのに。

「…ノイ…マ…ン……」

チャンドラは抱きしめていたトノムラの腕を無意識のうちに、力一杯抱きしめていた。

「パルっ!! ミリアリアっ!! 早くここから脱出する準備を。悪いがパルは艦長とサイを支えて連れて行ってくれ」

すうっと目を細め、チャンドラは彼等に背を向けたまま、そう叫ぶ。

「えっ!?  チャンドラはどうすんのっ?」

何とか艦長の手当をし、抱き起こしていた処へチャンドラの言葉を聞き、パルは疑問を投げかける。

「…やらなきゃならない事があるから…後から…行く…」

俯いたまま、そう言った視線の先にあるものは。

「…判った。先に行ってるから…さ…、ミリアリア…早く行こう。ランチまで行けば救護班が待機しててくれるから」

艦長を抱き上げ、パルは正気を失いかけているミリアリアにそっと声を掛ける。

「…で…でもサイが……」

破って艦長の血止めに使った自分の制服の残りをミリアリアに渡し、パルはにっこり微笑んで、

「俺が支えて連れてくから…手伝ってくれるね?」

と、極力優しく言うように心がけた。心も身体も傷付いている少女を、これ以上刺激したくはないからだ。

「…う…うん」

パルに話しかけられ正気を取り戻したリアリアは、背中に刺さった破片に触れないようにサイを支えつつ、パルとともにゆっくりとブリッジを後にする。


「…チャンドラ、必ず来いよ。」

背を向けたままのチャンドラに掛ける言葉はなかったが、パルはブリッジを出て行く瞬間、振り返り、チャンドラの背を眺めつつぽつりと呟いた。



一方チャンドラの視線は。
確かに先ほどまでは、トノムラであっただろうものに釘付けになっていた。

「…」

静かに跪き、爆風によって一瞬のうちにバラバラになってしまっただろうトノムラの身体にそっと触れる。
瓦礫の発する熱によって温かいが、これは本当の温もりではない。
絶えてしまった生命に、温もりなどないのだから。

「…こんなとこに座るから……」

唯一の救いは、苦しまずに逝けた事ぐらいだろう。
こんな状態なのに、チャンドラは泣けない自分が情けなかった。
そして極力バラバラになったトノムラの身体を1ヶ所に集め、その上で抱き締めていた腕をそっとその上に置く。
センチメンタリズムを振りかざす訳ではないが、出来れば人の形にしておいてやりたかったのだ。

「じゃ…おれ、行くから…」

チャンドラはそう言って立ち上がり、トノムラとノイマンに向けて静かに敬礼をし、ブリッジを後にした。


まだリフト・グリップが生きていたためチャンドラはそれを掴み、ランチ用緊急発進デッキに向かおうとしたその時。
ブリッジの方から激しい爆発が聞こえてきた。
もう、一刻の猶予もない。
早く行かなければ、ブリッジからの爆風に巻き込まれ、艦外に放り出されてしまうのは必至だろう。
そんな考えかふと脳裏に過ぎった瞬間。
予想だにしなかった場所から爆発が起こり、その爆風に巻き込まれチャンドラは吹き飛ばされ、通路の壁面に激しく叩き付けられる。


「……ぅ」

チャンドラの口から、小さく吐息の様な声が漏れ。
そのまま意識は闇に飲まれていった。







「遅いですね、チャンドラさん。もう…最後のランチ、発進しちゃう…」

医療班に治療を終えてもらったミリアリアは、医療カプセルで眠りについているサイをチラリと見つつ、待ち続けているパルに向かって話しかける。

「そろそろ発進します、そこの方々、乗り込んで下さい」

ランチのパイロットは、外でチャンドラが来るのを待っているふたりに向かってアナウンスしてきた。

「…ミリアリア…サイと一緒に、もう乗った方がいい」

パルは気が付いていたのかもしれなかった。
もう、チャンドラが此処へは来ないという事を。

「で…でも…」

「外で、頑張ってくれてる人たちの為に、生き残るのも使命だよ。特にミリアリアは」

パルはそう言って、サイのカプセルをランチへと移動させつつ、ミリアリアも促す。

「じゃ、この子が乗ったら、発進して下さい」

パルは、ランチの搭乗口にいるマードックに向かってそう言うって、笑みを浮かべた。

「…お前さんは、どうするんだ?」

「…決まってるでしょう? 残りますよ…だって、チャンドラも、ノイマンも、トノムラも…いないんですよ?」

「……そうか。なら…仕方ない…な…」

マードックは、パルの泣いている様な笑みに向かって、そう言うしか術はなかった。

「じゃ、後の事、お願いします」

パルはそう言うと、ランチのドアを閉め、ハッチの開閉装置の側へと走って行き、ハッチを開くとランチのパイロットに合図を送る。


静かに滑り出て行くランチが視認出来なくなるのを確認すると、パルは敬礼をし通路へと向かいだした。




AAの落ちる瞬間だった。

チャンドラ(種)

オーブと言う国が今日、この地上から消えた。
名前も、そしてかたちさえも。
戦禍にまかれ、散った国。
その瞬間を、おれは見ていないけれど、脳裏に過ぎる僅かなデ・ジャヴ。
ああ、そうか。
おれの生まれた国。
おれの育った国と一緒なんだ。
殺生を禁忌とした独自の宗教を教義とし、その教えに則った生活をしていたおれの国は、国家統合の際、連合に与しない反逆国と言う理由だけで、この地上から、そして地図から永遠に消えてしまっていたんだっけ。
交換留学生としてシンガポールに留学していた時に、起こった出来事。
シャトルでほんの1時間程度の距離だったのに。
事が起こる寸前まで、父も母も、おれには連絡一つくれなかった。
事実を知ったのは大学の食堂で見ていた、テレビのニュースで。
決して豊かとは言い難い国だったけれど、独自のアニミズムに則り、穏やかな生活を良しとした、優しくて暖かくて、美しい国だった。
生い茂る濃い香りの緑。
極彩色に彩られた、鮮やかな動物や花々。
アジアの一角にある、本当に小さな島国だったのに。
結局それから、おれはシンガポールと言う国に守られるかたちで、それまでの身分と国籍を捨て去り、今までシンガポール国民として生きてきた。
名前は流石に捨てられなかったけれど…。

そして。

当時の友人達から激しく反対されつつも、反逆の意志がないことを示すために、おれは敢えて連合の軍人になる事を選択し、今こうしてここにいる。
結局、連合から離反しているんだから、笑ってしまうよな。
ふと、メガネが曇っているのに気が付いた。
何でだろう…と思いメガネを外した時、その時初めて気が付いた。
パタパタとコンソールに落ちる滴。


ああ、おれは泣いていたんだ。
父や母や、国を失った時ですら、泣いた記憶がなかったのだけれど…。


ずっと胸の奥底に封印していた自分の本当の思いが、オーブの崩壊を機に身を擡げて来たんだろうか。



これ以上、国や愛するひとを失う人達が増えたりしないように。
こんな思いをするのは、自分やオーブの人達だけで充分だから。

おれは、心の中に住まう、故国の神々に祈った。

パル(種)

深夜、CICデッキから仮眠を取るために、パルは居住エリアへと向かっていた。
眠い目を擦りながら静まりかえった通路を歩きながら、ふとこの半年で居住エリアで生活している兵士の数が3分の1に減っていることに気が付いた。
ヘリオポリスでの事件以来、補充人員すら無かったこの艦で、よくもここまでこの人数でやってこれたと思う。
そして、更にアラスカ基地で減り、オーブで艦を降りた兵がいて。
今ではもう、乗組員全員の顔と名前が一致してしまうくらいの数にまで減っていて。
減ることはあっても、決して増えることのない人数。
それを考えると、流石のパルでも気が重くなる。
この虚しい闘いは、いつになれば終結を迎えるのだろう…と、最近頓に思うようになっていた。


「…っ」

と、その時。
何処からか小さな呻き声の様なものがかすかに聞こえてきた。

「?」

一瞬パルは、空耳かと思ったのだが、やはり僅かながら聞こえてくるので、その呻き声が何処から聞こえてくるのかとても気になり、思わず聞き耳を立ててみた。

「…っ!!」

そして、その押し殺した様に小さな呻き声が、例の捕虜だった、旧ザフト兵のディアッカという少年が寝起きしているベッドルームからだというのに気が付いたのだ。

フラガ少佐(旧だが)の采配でトラブルが起きない様にと、一般兵のベッドルームより一区画離れた士官クラス達の部屋にほど近いベッドルームを充てがわれていたディアッカという少年は、若いながらも流石にコーディネイターらしく、周囲の空気をいち早く読み、今自分が何を一番求められているかを瞬時に判断し行動できる、とても聡い少年だとみなで話していたのだが、この声は普段の少年からはとても想像出来るものではなく、パルは気になり足早にベッドルームへと向かった。

「…ごめんよ」

薄暗い二段ベッドが一対向かい合う様に並んでいる、狭い部屋。
多分、ザフトにいた頃と比べ雲泥の差のある部屋だろう…と、パルはなんとなくそう思いながら部屋を覗き込む。
するとそこには、まるで胎児の様に身体を小さく縮こませ、通路に背を向ける様にして眠っている少年がいたのだ。
そして時折、酷く苦しそうに、嗚咽にも似た呻き声を上げていたのだ。
パルは、その声で一瞬のうちに悟った。
この少年は、自分達が考えているほど強くはないのだと。
遺伝子操作によって、肉体や能力、外見は自由に選択出来るのがコーディネイターなのかもしれない。
だがしかし。
心はどうなのだろう。
幾らコーディネイターとは言え、生まれ持った気質や性格、そして後天的な人格というものは改竄しようがないのではないのだろうか…と。
そしてこの少年は、本来とても心根の優しい、ごく普通の少年なのではないかとパルは思ったのだ。
そうすれば、全て合点がいった。
そうでなければ、オーブでこの艦を守るという事など選択はしなかっただろうし、アスランと言う名の少年がザフトの軍服のままに対し、この少年は捕虜から解放され自由の身になっても尚、あの赤い軍服の袖に手を通そうとしない。
人が側にいる時は必ず軽口を叩き、多少シニカルな笑みとは言え、決して笑みを絶やさない。

「…そんなに、無理しなくたって…いいのに…」

パルは少年が蹲る様にして眠るベッドの縁にそっと腰を下ろし、薄暗い通路の安全灯の幽かな明かりでもよく判る、ひよこの羽毛の様な、そして真夏のひまわりの様な明るい金色の柔らかくふわふわした巻き毛にそっと触れてみた。

「俺たち大人が不甲斐ないばっかりに、子供にこんなに辛い思いをさせて…戦わせて…いったい何様のつもりなんだろうな…。お偉いさん達はそれで高見の見物を決め込んで……俺たちは捨て駒になる為に志願して兵隊になった訳じゃない。平和が来る事を信じて…平和を願って…兵隊になったのに…」

不器用にぎこちなく少年の金色の髪に触れていたパルは、その手を自らの胸元へと移動させ、もう片方の手でぎっと握りしめる。
先の闘いで、少年は旧自軍のディンやジンを何機も墜としていた。
それは、決して連合の機体を墜とすのとは意味が違う。
迷いがないはずがない。
仲間だった者達へ銃口を向けるのに、抵抗がないはずがない。
なのにこの少年は、やってのけた。
幾らコーディネイターとは言え、キラとは立場があまりにも違いすぎる。
そして、アスランと言う少年とも、どこか違う気がしていた。
勿論パル自身、確信があった訳ではないのだが、少年がラウンジで独り食事を取っている姿を見た時、パルはなんとなくそう感じていたのだ。

「…苦しんでたのに…気づいてやれなくてごめんよ…。キラの時もそうだったけど、俺たちはコーディネイターは何でも出来て当然。出来ない事なんか何もないって…勝手に幻想を抱いちまってたから…」

パルはそう言って口唇を噛み締める。
コーディネイターとは言え、所詮は人間なのだ。人間は飽くまでも人間以上のものになれる訳がない。
そんなに便利な存在に成れる訳がないのだ。

「…でも、今の状況じゃ……」

行き場を失った思いと言葉を飲み込み、パルは静かに立ち上がる。
幾ら自分がそう思っても、今の状況ではこの少年達に頼るしか、術が残されていないのも確かだ。
だから詭弁でしかない…パルは悔しかった。
それならばせめて寝ている時だけでも安息であって欲しいのだけれど、それすらも許されない、今が悔しい。
ぐっと涙を堪え、パルは部屋を出て行こうとしたその時、

「…あんたが気にするこたぁねーよ。自分が選んだ道なんだし……けど…心配して来てくれたんだろ…? あんた。 ありがと…う……もう、大丈夫だから…」

と、背を向け寝ていたはずだった少年がむくりと起きあがり、パルの方を見ていたのだ。

「…っ!!」

表情は判らない。
ただ、口許はいつもの様なシニカルな笑みではない事だけは、見て取れた。

「ナチュラルだとか、コーディネイターだとか関係なく、おれは…おれの為に守りたいものが出来て…それだけの為に残ったんだけど…今はそんな事よりも、あんたみたいに優しい人がいるこの艦を、純粋に心から守りたいって思ってんだ…。だから、大人なのに不甲斐ないとか言わないでさ、お互いまず、自分に出来る事をやろうよ、な」

そして少年はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
自分がどんな顔をしてそう言っているのか、少年は全然気づいていない。
微笑んで…笑っているのに…泣いているのだ。この少年は。
そんな少年を見て、パルは余計に悲しくなってしまった。
17歳だなんて、本来なら遊びたい盛りだろうに。
自分が17歳だった頃を思い出してしまい。
戦争が、度重なる闘いが、少年達の心を強引に大人にしてしまったのだ。
そしてそれを奪ったのは紛れもなく大人達で。

「でもまだ君は子供じゃないかっ! こんな戦争さえなければ、君だって、キラだって、アスランって子だって…っ!」

思わずパルは再び少年の側へと駆け寄り、起きあがっていた少年の肩を掴み、声を荒らげてしまった。

「…もういいよ。ありがとう…おれなんかの為にそんなに怒ってくれて。本当にあんたは優しい人なんだな。人の為にそんなに怒れる人なんて、そんなにいないと思うよ…ありがとう…おれ、あんたたちみたいな人を守れる事を…誇りに思えるし…これからも戦っていけると…思う」

目を細め、少年は静かにパルに向かってそう言う。そして

「…もう、寝なよ。そいつ着てるって事は今までCICにいたんだろ? 軽くシャワーを浴びてとっとと寝ないと、他の奴らに迷惑がかかるぜ。お互いプロなんだからさ…頑張ろうよ」

と、パルの着ている軍服を指し、そう言うのだった。

「あ…ああ…、そうだね。ごめん…起こしちゃったりして。寝るのも俺たちの仕事だってのにね…」

少年の肩を掴んでいた手をそっと離し、パルは少しだけおろおろしてしまう。
何しろこんなにも声を荒らげる事など、最近なかったからだ。
だから、自分がこんなにも熱く話せる人間だったと言う事に対しても驚いていたのだ。

「…いや、起こしてくれた方が良かった。多分あのまま寝てたら、もっと悪夢に魘されてただろうからね…感謝してる…」

おろおろするパルを見つめながら少年は、何処か嬉しそうに薄く笑みを浮かべる。

「じゃ、おれはちょっとラウンジに何か飲みに行って来るけど…ちゃんと寝ろよ? くよくよしてたって、始まらないぜ?」

そう言って少年は、ハンガーに掛けてあるジャケットを羽織りながらパルの肩をポンと軽く叩く。
いつもの少年に戻っていた。
弱いけれど、強い少年。
それは、まるで自分とは正反対な存在で。
手をヒラヒラさせ、部屋を出て行こうとする少年にパルは、

「なあ…ディアッカ、これから食事をするとき、俺たちと食べないかっ! 独りで食べるより…ずっと楽しいと思うぞ」

と声を掛けたのだ。
この時初めて、パルは少年の名前を呼んだ。
『ディアッカ』と。
すると少年は、

「ああいいぜ。食事をする時間が合えば、一緒に喰っても」

と、背を向けたまま返事をしてきた。

「よしっ決定なっ!」

ほんの些細な事でもいい。この少年の心に少しでも安らかな時間を与えられるなら、努力を惜しみはしない。
それが少年に対して自分が唯一出来る、僅かな事なのだから。
パルはそう思いながら、少年の背を見つめていた。

トノムラ(種)

「軍隊になんか入らなくていいから。あなたはあなたの本当に進みたい道を進めばいいの。お金なんてどうとでもなるから…だからジャッキー、お願いだから軍隊になんか入らないで」

母が腕に縋り付き、泣きながら訴えてくる。
この人は何も知らない。父が抱えた負債がどれほどのものか。
乳母日傘で育てられた良家のひとが、世間の厳しさを知るはずもない。

「でもね、母さん。僕は母さんの負担にはなりたくないんだ。ほら、軍に入れば必要最低限の生活は保障されるから…だから…」

自分の口から吐き出される言葉は、本当の自分の胸の内とは違っていた。
本当は母の負担になりたくないのではない。
自分が母を負担と感じていたんだ…。

「さよなら、母さん。お達者で。機会があれば戻って来れるから」

縋り付く母の手を振り解き、後ろ髪を引かれる事無く、その場から立ち去る。
知っていたんだ、僕は。
あなたが、父に黙って他の男性と会っていた事を。
だから僕がいなくなれば、あなたはその人に縋り付けられるだろう?
別に、あなたを憎んでいる訳じゃない。
ただ、あなたと一緒に居たくなかっただけなんだ…。




「おい、トノムラ。なに目開けたまんま寝てるんだよ」

肩をとんとんっと叩かれ、ふと物思いに耽っていた事に漸く気がつく。

「あ…ああ。ちょっと考え事してたんだ」

僅かに与えられた半航休息中、ブリッジクルーのメンバーはラウンジで軽く食事を取る事にした。
とは言うものの、補給もままならない状態なので、食事はレーション中心なのだが、今更それに文句を言えるはずもなく。

「まあ仕方ないよな…みんな疲れてるのは一緒だし……俺たちはいいとしても、子供達が…辛そうで…」

そんな言葉に反応したパルが、慣れない配置で疲れ切っているのか、テーブルに突っ伏しているサイを横目でチラリと見やりながらそう呟いた。
その横では大きく溜息を吐いて虚ろな目で天井を眺めるミリアリアがいる。

「こんなにがんばってるんだから…勝たなきゃ…生き残らなくちゃ…だめだよな…」

半分造作のレーションの上に持っていたフォークを投げ出す。
食欲がどうも湧かなかった。

「あのさ、パル」

「んー何?」

唐突に振り返り問いかけるおれに対して、パルは少し首を傾げた状態で見上げてくる。

「あの子達…やっぱり書かされたのかな…」

母親の事を思い出していたためか、ふと嫌な想像が首を擡げて来た。

「…何を?」

当然、パルはおれがそんな想像をしているなどとは知っているはずもないから、普段通り普通に問い掛けてくる。

「…おれたちが…AAに乗艦する事が決定した時に書かされたヤツ。あの子達、本当はオーヴで降りれるはずだったのに降りなかっただろ…と、言うことは暫定的だったとは言え、軍人のままだったってって事だよな…」

「…あっ」

パルはそのとき初めて気が付いた様だった。

「で…でも…あの子達は特別だろ…? か…書いて無いんじゃないのか…?」

そう。

軍人は戦地に向かうとき、必ず書かされるものがあった。
それは「遺書」
何の例外もなく、家族がいようといまいと、それは必ず書かされるものなのだ。
おれは実際、受け取らないかもしれないだろう母に対して、遺書を書く必要性が果たしてあるのだろうか…と思いながらも、AAに乗艦する前に書いた。

そして、あのとき起きた出来事。

あのとき辛うじて生き残ったのは、おれとパル、チャンドラと操舵士のノイマンだけだったが、多分この時点で既におれたちの書いた遺書は親族に渡る事無く、炎の中に消えていっただろう。
母の手に渡る事の無かっただろう遺書。
二度と会うつもりの無かったひとだから、中身は白紙のまま提出した。
どうせ、遺骨すら残らないだろうし。
それよりも、おれたちは連合から離反してしまったのだから、反対に母は反逆者の親として逮捕され連行されているかもしれない。
それとも、既に死亡者扱いされているか。
今更どうでもいいことだなのだけれど…。


けれどもしも、子供達も遺書を書かされていたのだとしたら…それはとても辛いことで。


「…書いてないって信じたいけど、書かされてるかもね…。二等兵扱いなんだし…」

おれがそうぽつりと言って吐いた言葉に、パルは酷く傷付いた表情で見つめて来た。
そんなつもりはなかった。
自分の言葉で、人が…パルが傷付くなんて、考えてもなかった。

「トノムラは…自分の事詮索されるの好きじゃないから今まで聞かなかったけど…そんな事言っちゃ駄目だよ…。過去に何があったかわかんないけど…今言った言葉、自分も傷つけてる…」

まるでパルは自分の事のように、瞳に涙を潤ませて。

「俺たちは、あんな子供達にすら戦いを強要する様な大人になっちゃったけどさ…それでも言葉にしていいことと悪いことがあるよ。トノムラは、子供達の事に対して言ってたのかもしれないけど、俺にはそうは聞こえなかったよ…」

そう言葉を続ける。

「…ごめん。そんなつもりはなかったんだ。ただ…おれは…」

そんなパルに対して、おれはテーブルの上のレーションのトレイを見つめたまま、そう呟くしかなかった。
だってそうだろう?
何気ないひとことが、こんなにも人を傷つけてしまうんだから。
だからおれは、人との距離をある程度保って来たのに。
多分、母の事があったから、こんな生き方になってしまったんだと思うんだけど。

「戦ってばっかりで、気が休まる時が無かったから…トノムラは疲れちゃってんだよ。きっと自分が考えているよりも、トノムラは優しいんだと思うよ…ただ、自分が思ってる事をちゃんと言い表せないもんだから…今みたいな自分の言った言葉で自分を傷つけちゃうんだろうね…」

ぽんぽんと俺の肩を叩き、パルはおれの顔を覗き込んでくる。
その目の周りは、ちょっと赤くて。

「済まない。おれたちがこんなじゃ、駄目だよな。子供達の方がもっと不安なんだし、それをおれたちが支えてやんなきゃ…」

覗き込んでくるパルにそう言うと、

「でも、気負ってても駄目だと思うな、俺は。反対に子供達の方が気にしちゃうと思う」

と、やっぱり自分より一歩先のことを考えている。

「…俺に任せといてよ。子供達との交流は俺の方が上手いんだからさ。それよりトノムラは自分の中で今一番何をすべきかを整理する方がいいんじゃない? ここン処に皺寄せてると、みんなに心配させちまうからさ……」

唐突に指でおれの眉間を突き、にっこりと微笑んだパル。
ふっくらとした指先が眉間の皺に触れ、自然と心にも刻まれた皺を解きほぐしているかの様で。

「じゃ、俺はあの子達のとこに行くから」

そう言ってパルは、くるりと踵を返し、少し離れたテーブルのサイたちがいる処へと向かっていった。


ありがとう、パル。
胸の中でもやもやしていた何かが、ほんの少しだけ解けた気がする。
それが母に対してのものなのか、それとも子供達に対してのものなのかは判らないけれど、さっきよりは一歩前へ進めた気がする。
自分の中で気が付かないうちに育っていた歪みは、いろいろな形で頭を擡げてくる。
それに気づかせてくれたパルに、おれは感謝せずには居られなかった。
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