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トノムラ(種)

「軍隊になんか入らなくていいから。あなたはあなたの本当に進みたい道を進めばいいの。お金なんてどうとでもなるから…だからジャッキー、お願いだから軍隊になんか入らないで」

母が腕に縋り付き、泣きながら訴えてくる。
この人は何も知らない。父が抱えた負債がどれほどのものか。
乳母日傘で育てられた良家のひとが、世間の厳しさを知るはずもない。

「でもね、母さん。僕は母さんの負担にはなりたくないんだ。ほら、軍に入れば必要最低限の生活は保障されるから…だから…」

自分の口から吐き出される言葉は、本当の自分の胸の内とは違っていた。
本当は母の負担になりたくないのではない。
自分が母を負担と感じていたんだ…。

「さよなら、母さん。お達者で。機会があれば戻って来れるから」

縋り付く母の手を振り解き、後ろ髪を引かれる事無く、その場から立ち去る。
知っていたんだ、僕は。
あなたが、父に黙って他の男性と会っていた事を。
だから僕がいなくなれば、あなたはその人に縋り付けられるだろう?
別に、あなたを憎んでいる訳じゃない。
ただ、あなたと一緒に居たくなかっただけなんだ…。




「おい、トノムラ。なに目開けたまんま寝てるんだよ」

肩をとんとんっと叩かれ、ふと物思いに耽っていた事に漸く気がつく。

「あ…ああ。ちょっと考え事してたんだ」

僅かに与えられた半航休息中、ブリッジクルーのメンバーはラウンジで軽く食事を取る事にした。
とは言うものの、補給もままならない状態なので、食事はレーション中心なのだが、今更それに文句を言えるはずもなく。

「まあ仕方ないよな…みんな疲れてるのは一緒だし……俺たちはいいとしても、子供達が…辛そうで…」

そんな言葉に反応したパルが、慣れない配置で疲れ切っているのか、テーブルに突っ伏しているサイを横目でチラリと見やりながらそう呟いた。
その横では大きく溜息を吐いて虚ろな目で天井を眺めるミリアリアがいる。

「こんなにがんばってるんだから…勝たなきゃ…生き残らなくちゃ…だめだよな…」

半分造作のレーションの上に持っていたフォークを投げ出す。
食欲がどうも湧かなかった。

「あのさ、パル」

「んー何?」

唐突に振り返り問いかけるおれに対して、パルは少し首を傾げた状態で見上げてくる。

「あの子達…やっぱり書かされたのかな…」

母親の事を思い出していたためか、ふと嫌な想像が首を擡げて来た。

「…何を?」

当然、パルはおれがそんな想像をしているなどとは知っているはずもないから、普段通り普通に問い掛けてくる。

「…おれたちが…AAに乗艦する事が決定した時に書かされたヤツ。あの子達、本当はオーヴで降りれるはずだったのに降りなかっただろ…と、言うことは暫定的だったとは言え、軍人のままだったってって事だよな…」

「…あっ」

パルはそのとき初めて気が付いた様だった。

「で…でも…あの子達は特別だろ…? か…書いて無いんじゃないのか…?」

そう。

軍人は戦地に向かうとき、必ず書かされるものがあった。
それは「遺書」
何の例外もなく、家族がいようといまいと、それは必ず書かされるものなのだ。
おれは実際、受け取らないかもしれないだろう母に対して、遺書を書く必要性が果たしてあるのだろうか…と思いながらも、AAに乗艦する前に書いた。

そして、あのとき起きた出来事。

あのとき辛うじて生き残ったのは、おれとパル、チャンドラと操舵士のノイマンだけだったが、多分この時点で既におれたちの書いた遺書は親族に渡る事無く、炎の中に消えていっただろう。
母の手に渡る事の無かっただろう遺書。
二度と会うつもりの無かったひとだから、中身は白紙のまま提出した。
どうせ、遺骨すら残らないだろうし。
それよりも、おれたちは連合から離反してしまったのだから、反対に母は反逆者の親として逮捕され連行されているかもしれない。
それとも、既に死亡者扱いされているか。
今更どうでもいいことだなのだけれど…。


けれどもしも、子供達も遺書を書かされていたのだとしたら…それはとても辛いことで。


「…書いてないって信じたいけど、書かされてるかもね…。二等兵扱いなんだし…」

おれがそうぽつりと言って吐いた言葉に、パルは酷く傷付いた表情で見つめて来た。
そんなつもりはなかった。
自分の言葉で、人が…パルが傷付くなんて、考えてもなかった。

「トノムラは…自分の事詮索されるの好きじゃないから今まで聞かなかったけど…そんな事言っちゃ駄目だよ…。過去に何があったかわかんないけど…今言った言葉、自分も傷つけてる…」

まるでパルは自分の事のように、瞳に涙を潤ませて。

「俺たちは、あんな子供達にすら戦いを強要する様な大人になっちゃったけどさ…それでも言葉にしていいことと悪いことがあるよ。トノムラは、子供達の事に対して言ってたのかもしれないけど、俺にはそうは聞こえなかったよ…」

そう言葉を続ける。

「…ごめん。そんなつもりはなかったんだ。ただ…おれは…」

そんなパルに対して、おれはテーブルの上のレーションのトレイを見つめたまま、そう呟くしかなかった。
だってそうだろう?
何気ないひとことが、こんなにも人を傷つけてしまうんだから。
だからおれは、人との距離をある程度保って来たのに。
多分、母の事があったから、こんな生き方になってしまったんだと思うんだけど。

「戦ってばっかりで、気が休まる時が無かったから…トノムラは疲れちゃってんだよ。きっと自分が考えているよりも、トノムラは優しいんだと思うよ…ただ、自分が思ってる事をちゃんと言い表せないもんだから…今みたいな自分の言った言葉で自分を傷つけちゃうんだろうね…」

ぽんぽんと俺の肩を叩き、パルはおれの顔を覗き込んでくる。
その目の周りは、ちょっと赤くて。

「済まない。おれたちがこんなじゃ、駄目だよな。子供達の方がもっと不安なんだし、それをおれたちが支えてやんなきゃ…」

覗き込んでくるパルにそう言うと、

「でも、気負ってても駄目だと思うな、俺は。反対に子供達の方が気にしちゃうと思う」

と、やっぱり自分より一歩先のことを考えている。

「…俺に任せといてよ。子供達との交流は俺の方が上手いんだからさ。それよりトノムラは自分の中で今一番何をすべきかを整理する方がいいんじゃない? ここン処に皺寄せてると、みんなに心配させちまうからさ……」

唐突に指でおれの眉間を突き、にっこりと微笑んだパル。
ふっくらとした指先が眉間の皺に触れ、自然と心にも刻まれた皺を解きほぐしているかの様で。

「じゃ、俺はあの子達のとこに行くから」

そう言ってパルは、くるりと踵を返し、少し離れたテーブルのサイたちがいる処へと向かっていった。


ありがとう、パル。
胸の中でもやもやしていた何かが、ほんの少しだけ解けた気がする。
それが母に対してのものなのか、それとも子供達に対してのものなのかは判らないけれど、さっきよりは一歩前へ進めた気がする。
自分の中で気が付かないうちに育っていた歪みは、いろいろな形で頭を擡げてくる。
それに気づかせてくれたパルに、おれは感謝せずには居られなかった。
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