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約束の地(種)

ずうぅ・・・ん・・・っ。
油煙と灰燼を巻き上げ、至る所から爆発音が轟き渡る。
瓦壊した天井であったものや支柱などがばらばらと落下を始め、廊下だけでなく、ありとあらゆる場所に散乱し進行を妨げていた。
どぉ・・・ん・・・っっ
進めなくなった廊下を諦めたジャッキーは、壁に向かって素早く手榴弾を投げ付け血路を拓く。
粉塵と壁の欠片が吹き飛び、確実に壁に穴が空いた事を確認すると、ベルトに挟んでいたデザートイーグルを抜く。
どうっ・・・どうっ・・・どうっ・・・!
決して重たくもなく、それでいて軽くもない継続音が爆音に混ざって数回響き渡り、奥の方から数名の呻き声と悲鳴が上がった。
と、同時に数発の銃声が壁の向こう側から聞こえてくる。
だが煙に紛れ、身を潜める様にして素早く壁際に隠れたジャッキーに命中する事はなく、反対に己の位置を敵に知らせてしまう浅はかな行為なのだと、一文字に引き締めた口唇が酷薄な笑みのかたちを作り歪む。
既にジャッキーにとって、人を殺める事に対しての罪の意識など皆無に等しく、ただ、如何にして己が生き延びる事が出来るかのみを考える鬼神と化していたのだ。

かしゃり・・・。
マガジンを再装填し、使用済みのマガジンを床に捨てると、再び念を押すかの様にジャッキーは煙の向こう側に数発打ち込んだ。
それからデザートイーグルをベルトに捻じ込んで、肩から下げていたM16ALに持ち替えて、再びジャッキーは壁の向こう側へと撃ち込んだ。
だだだだただっ・・・!
連射音と同時にくぐもった幾人かの悲鳴や兵士の身体が弾ける音の後、そのまま一帯には爆発音だけが響く静寂が訪れた。
そんな激しい爆音と煙の中にあっても、ジャッキーの洞察力は少しも衰える事無く、的確に敵の位置を把握し命中させてゆく。

「…っ!」

小さく溜息を吐くと、ジャッキーは手榴弾によって穿たれた壁を潜り、中へと入って行く。
そこは、血臭と火薬、爆発によって巻き上げられた砂埃の臭いが漂っており、それらによって視界を遮られたジャッキーは、思わず忌ま忌まし気な表情をしてしまう。

「…ふ…ん…。」

埃と煙と瓦礫の山に紛れ、先程の爆発で内臓や神経を撒き散らし、肉片に成り果てた者や、瓦礫によって押し潰され単なる肉塊に成り果てた、ひととしての形態を留めていない科学者達が何体も転がっていた。
そして先程、ジャッキーの撃ち放ったデザートイーグルの餌食となり頭蓋を撃ち抜かれ、爆ぜ割れた頭部から脳漿を撒き散らした状態の数人の技術者達が、死後痙攣の為か不格好にのた打ち廻っている。
そんな惨状であってもジャッキーは顔色ひとつ変える事無く、ましてや何の感慨も無く一瞥をくれると、奥へと進んでいった。
だが、その足取りはおぼつかない。
よく見ると、ジャッキーの服は決して汗や埃や、他人の血で汚れているだけではない事が判った。
銃弾によって幾つも穿たれた穴や、切り裂かれ何とか原型を留めているといった服は、彼本人の血でどす黒く染まっており、そこから流れ伝い落ちた血が点々と、床に幾つもの血の跡を作っていたのだ。
どうやら此処に来るまでに、相当負傷したらしい。

「くそ……っ。」

奥へ進んだジャッキーは目の前の壁を呆然と眺め、己の判断ミスに小さく舌打ちをした。
幾ら洞察力に優れていたとしても、負傷し更に長時間に渡り緊張した状態が続けば、多少なりとも判断力が鈍って仕舞うのかもしれない。
そう言う状況下で、ジャッキーは進めると思って壁を破壊したのだが、そこは広いホールでしかなく、行き止まりとなっていたのだ。
廊下からは誘爆を繰り返す激しい爆発音が聞こえ続けており、ジャッキーは如何にして此処から脱出しようかと、思わず思案に暮れてしまった。
まず此処に来るまでにジャッキーは感だけを頼りに武器庫へ向かい、脱出する為に利用できそうなモノを幾つか強奪して来てはいた。
敵がいったい何を企み、そして何をしでかそうとしているのかは見当も付かなかったが、この武器庫を見た限りでは、どう考えても戦争か何かを起こし兼ねない程の武器と弾薬が蓄えられていたのだ。
とは言うものの、こういう状況下に置かれた場合、これ程迄に揃えられた武器はジャッキーにとって非常に有り難いものであったのだ。
腰に何本かベルトを巻き付け、そこへ手榴弾を幾つか引っかける。
それから周囲をぐるりと見渡し、数種類の銃が並べられているケースを見つけるとその中からデザートイーグルを選びベルトに捻じ込んだ。
そして引き出しから物色したスペア用のマガジンを幾つか取りだして、ポケットに仕舞うと目の前に幾つも立て掛けてあったM16ALをスリングにセットしてから、同じようにショルダーへ専用マガジンを突っ込んで肩から下げる。

「…。」

まだ他に利用出来そうなものがないかと辺りを見渡していると、ジャッキーの目の前に見たこともない銃器が飛び込んできた。
一見、バズーカにも似たフォルムだが、よく見ると連射が出来るシステムを持っている。とは言うものの、ランチャーほど大型ではない。
グレネードランチャーとでも言うのだろうか。
兎に角、ジャッキーはそれも使えそうだと感じたのか、そのランチヤー擬きも装備する事にした。
床に置いてあったそれを持ち上げると、どっしりとした重みが腕から伝わって来る。
だがその重みに耐えられない程でもなく、ジャッキーはそれを背負う事にした。

「さて…と。じゃ、行きますか。」

決して満足のいく装備ではなかったが、それでもないよりはマシだと、ジャッキーは独り納得をしながらそう呟き、そしてまず彼が行わなくてはならない一番始めの仕事を行うのだった。
それは、敵の追跡を受けた際に厄介となる武器の消去だった。
幾つかの爆弾から信管を抜き、単純な時限爆弾を数個作成する。
そして数ヶ所に水飴状のキャンディボムでそれ等を張り付け、自分が此処から飛び出してから数分後に起爆するようにセットする。

「よし…と。」

そう言ってジャッキーは、腕時計のストップウォッチと時限爆弾の配線を同時にセットし、武器庫から飛び出した。
勿論、これ程迄に迅速に行動出来たのも、チャンドラの解析能力がこの基地にいる科学者達の異常さに気が付いたお陰からだった。
そのチャンドラの指摘から、ジャッキーは基地内の様子を窺う為に偵察を行い、ブルコス派残党の抱いている野望の一辺を知る事になったのだ。
それは、コーディネイターを同じ人間として認めず只の実験材料しとて扱い、自分達の抱いた野望を達成させる為の手駒にしようとしていたのだ。
何処からか集められたナチュラルの若者や、コーディネイターと同じ技術で生み出された実験の為だけに生かされているコーディネイターの子供達は彼等の意志とは関係なくロボトミー手術を施し、人体改造を行われていた。
情報収集能力に長けているチャンドラがメインコンピューターにハッキングをかけていた時、『胸くそ悪い』とデータを回収しながら呟いていた事を思い出す。
始めは、ブルコス派残党と行動を共にし、どんな活動を行っているかだけを調査するように上層部から依頼され潜入していただけだった。
だがチャンドラと供に潜入し、内部を調べて行くうちに、とんでも無い情報を発見し、そしてその情報が事実であるかを調査している最中に、自分達の存在が発覚してしまったのだ。


北極海へと繋がる第4ハッチに入る暗証番号を入手し、プログラムを書き換えて、ジャッキー本人でなければそこへ入る事が出来ない様にデータを改竄すると、急速潜航艇を確保した。
そして、その潜航艇で海に出て、浮上した後に氷原へ接岸し、そこから艦載されているスノーモビルで極北日本基地へと向かう。それが、チャンドラが打ち出した脱出計画であった。
だが、スパイ活動を行っていたのは自分達だけではなかったのだ。
始めから、ブルコス派は彼等を疑っていたのだろう。
脱出計画を立てて行動に出るまでの僅か1?2時間と言う短期間であったのにも関わらず、彼等の行動は総てブルコス派残党の上層部に筒抜けであったのだった。
総てが後手後手に回ってしまっていた。
脱出する様に準備していたはずの第4ハッチのシステムを破壊されてしまった為、マニュアルで起動させなくてはならなくなってしまい、その為にジャッキーは1人で残る事にしたのだ。
一方チャンドラの方は、いち早くオーヴに戻り、ブルコス派残党が行っている非人道的行為のデータを上層部に渡さなくてはならない。

二派に別れるのは本来危険なのだが、今回ばかりはどうしようもない。

それらは総て無言のうちに行われ、チャンドラが小型潜航艇に乗り込むのを確認すると、ジャッキーは第4ハッチのコンソールパネルのある位置にまで素早く移動し、マニュアル操作を始める。
ハッチが閉じ、進水が始まるのを確認するとジャッキーは踵を返し、廊下に向かって走り出す。
追っ手の追撃を少しでも遅らせる為に、ジャッキーは総てのハッチに爆破装置をセットし、小型潜航艇が発進すると同時に爆破させた。
これで少しは時間が稼げると思い、後は地上にでも出てからヘリコプター辺りを奪い、チャンドラの待つオーヴ極北基地へ辿り着くだけなのだ。
そう、ジャッキーは考えていたのだ。
だか。

「…参ったな。」

しかし、事はそう思う様には運ぶ事はなかった。
ハッチを爆破したまでは良かったのだが、そこからが失敗だった。
出来る限りの武器をかき集め、応戦しながら逃げたつもりだったのだが、逆に追い詰められ、脱出する為の方向を見失ってしまったのだ。

「…くうぅ…っ」

再び小さく呻き声を上げると、身体を壁に預ける。
此処に来るまでに受けた傷は数知れず。
身体の至る所にある裂傷や銃創は血に濡れ、更には先程から込み上げてくるものを考えれば、此処に来るまでに数回あった誘爆に巻き込まれ床に叩き付けられてしまった際に、内臓が少々イカレてしまった事を示唆しているのだと、ジャッキーは感じていた。

「…ちっ。」

口内に溜まった血を吐き捨て、まだ多少汚れていない方の袖口で口元に付着した血を拭う。
流石に敵も、基地の存続が危うい状態にまで爆発が続くと、ジャッキーひとりを追い掛けている訳にはいかなくなったのか、それとも煙に巻かれ彼を見失ってしまったのかは不明だったが、もう誰一人として彼を追う者の姿はなかった。

「…此処の壁の向こう側が…外であれば…いいんだが。」

背にした壁を軽くコンコンと手の甲で叩き、ジャッキーは呟く。
先程までは目の前にある壁に失望していたが、これ以上此処に留まっているのは得策ではないと、第六感が警告を発していた。
しかし道を切り開かねば、どうすることも出来ない。

「…やって…みるか…」

持っていた武器の殆どをその場に捨て、背負っていたランチャーを肩に担ぐと、反動を殺すために数歩下がって腹這いになる。

「…肩の骨…砕けるんじゃ…ねぇぞ…」

ジャッキーは半ば呪文のようにそんな言葉を唱えながら安全弁を引き抜くと、撃鉄に相当するだろうスイッチを押し、引き金を引く。
ぐわん………っ!
激しい反響音が辺りに響き渡り、突き刺すような冷たい外気と共に吹雪が飛び込んできた。
だが、そんな様子でありながら一向に周囲の変化はない。どうやら自分達の事で手一杯らしく、この爆発音がジャッキーの仕業だとは思ってもみなかったのだろう。

「さて…と、とっととズラからなくっちゃ…な…。」

よろよろと立ち上がると、ジャッキーは力無く呟いた。
幾ら反動を殺すために腹這いになろうと、既に負傷した身体には激しい衝撃に代わりはなかったらしく、更に怪我を増やす結果となってしまったのだ。

「…つ…っ…。くそっ…軟弱な身体だ…脱臼なんかしやがって…。」

ランチャーを支えた方の肩がだらりと落ち、更にそれを支える様にもう片方の手で押さえつつ、ジャッキーは悪態を吐いた。
ごとり…とランチャーを床に放り捨て、ジャッキーはよろよろと壁際にまで歩み寄り、少々強引な技ではあったが、脱臼している方の腕を壁側にし、もう片方の腕で位置を確かめる様に支えると、全体重を掛けて壁に肩をぶつける。

「…ぐっ…うぅっ……。」

ごっ…と、肩から鈍く嫌な音がしたかと思うと同時に、激しい痛みが全身に走り、一瞬だけ気が遠くなりかけたが、ジャッキーはそれを必死になって耐えた。
もし万が一、此処で気でも失ったりしたら最期なのだ。

「…少しでも…遠く…へ…。」

掌をわきわきと動かし、脱臼した肩の骨の位置が元に戻った事を確認すると、ジャッキーはそう呟く様に言うと、ランチャーによって穿たれた穴から外を覗く。
外には粉のような雪が狂ったように舞い散り、眼下には流氷が浮かぶ凍えた海原が薄っすらと見え隠れしていた。
?0度以下の海水に飛び込み、無事でいられるかどうかは賭でしかなかったが、此処まで来てしまったのだ。やるしか手段は残されてはいないのだと、運を天に任せるしかないのだと、ジャッキーは覚悟を決めた。
そう。運が悪ければ、ジャッキーは死から免れられないだろう。

「…いや…その時は…その時だ…。」

悪い方悪い方へとベクトルが向かってしまう思いをかなぐり捨てるかの様に、ジャッキーは数回頭を振る。そして小さく深呼吸をしたかと思うと受け身の態勢をとり、真っ白に凍える世界へと飛び込んでいったのだった。


「ジャッキー…! 起きろっ! 眠るんじゃないっ!」

揺すり動かされ、更には耳元で大きな声で叫ばれた為に、ジャッキーは遠退いていた意識を取り戻し、ゆるゆると重い瞼を開け、周囲を見渡す。

「…こ…此処…は…?」

粉塵と煙にまみれていただけでなく、極寒の凍える海に暫くのあいだ漂っていたからか、ジャッキーの声はひどく掠れてしまっており、傍でなくては聞き取れないほどだった。

「…生き延び…られたか…おれ……」

視界に飛び込んできたチャンドラの顔。
サングラスを外したその瞳は、先ほどまで泣いていたのか、目の周囲が真っ赤に染まっていた。

「…ジャッキー…おまえは…本当に無茶をし過ぎる…よ…。頼むから…もう…こんな無茶な真似はやめてくれ…」

もうこれ以上巻く場所が無いのではないかと思われるぐらい、包帯が巻き付けられたジャッキーの腕を取り、その手を自分の額に擦り付ける様にしてチャンドラは、酷く苦しそうに言葉を紡ぐ。

「…ダリィ……おれは………」

声を発する事すらままならないほど、掠れた途切れ途切れのジャッキーの声が、此処へ至るまでの道程がどれだけ過酷なものであったかを示していた。

「…ああ…ああ。生きているとも。けどな、生きているのが不思議なぐらいの重症なんだからな…。もう…俺は誰も失いたくない。あんな想いは一回で十分だ…」

チャンドラはジャッキーに寄り添って、体温が下がらないように必死だったのだろう。
勿論、基地内には暖房が完備されてはいるが、凍えたジャッキーの身体を温めるだけの威力はない。
本来なら暖かい部屋に居たはずだろうチャンドラの手が、自分と同じように冷え切っていることに、ジャッキーは気が付いていた。

「…大丈夫…だっ…て…。おれは…こんな事でなんか…死んだりしねぇ…よ…ダリィ……おまえを…おいてなんか…な…」

多量の出血ばかりか、?0℃以下の海に漂っていたという事実が、確実に彼の体力を奪っているらしく、普段は彼の性格を顕しているかの様な穏やかな口唇は酷く青冷めており、血色を失った顔の表情も硬く、僅かながらに痙攣にも似た震えすら起こしている。
それでもジャッキーはいつものように優しい笑みを浮かべ、チャンドラにそんな軽口を叩くのだった。
けれどそんなジャッキーの姿に対し、チャンドラは言葉を失ってしまう他なかった。

「……ジャッキー…」

喩え自分達のミスではないにしろ、ミッションの半ばでこんな状態に陥ってしまった以上、軍法会議ものだろう。
幾ら地球連合軍当時とは異なり、オーヴが中心となって再結成された統合軍とは言え、軍隊内での規則は絶対なのだ。
こうなってしまった以上、自分の持ち帰ったデータだけが頼りだった。
あのデータが今後のブルコス派残党一掃の為の情報として役立てば、自分達の失敗は降格処分程度で収まるだろう。

「…そんな顔…すんじゃ…ねぇ…よ…」

ジャッキーは、チャンドラが胸の内で考えている事を読み取っているかのように、

「…おれたちは…出来るたけのことを…したんだ……。これで降格処分になっちまったなら…それはそれで…仕方ねぇだろ…? それに……そんなに厳しくはない状態だとは…思うぜ…今回の件に関しては…」

そう言って大きく溜息を吐き、静かに目を閉じて両手で顔を覆う。

「…コーディネイターだって、おれたちナチュラルと同じ人間なのに…なんであんな目に……遇わなくちゃ…ならないんだよ……許せねぇよ…プルコス派の奴等…」

チャンドラを逃がした後、ジャッキーが研究所内のロボトミー化されたコーディネイターの若者を全て葬った理由のひとつが、それだった。
一度ロボトミー化されてしまえば、二度と己の意志で物事を考え行動する事は望めない。
只、人形の様に、命令された事だけを機械的にこなすだけの、生ける屍と一緒なのだ。
このまま生き延びても、軍の病院に押し込められ、治療と称して飼い殺されるのは目に見えている。
ならば、いっそこの手で息の根を止めてやろう。
勿論、それはある意味自分勝手で傲慢な判断だったかもしれないが、ジャッキーは彼等の哀れな姿を見て殺してやる事こそが、彼等を解放する手立てなのだと考え、基地の破壊と供に彼等も葬ってきた。
そしてその言葉を聞き、チャンドラはジャッキーが行ってきた行為を察したのだ。

「…感謝こそされないかもしれないけど、ジャッキーの判断は…正しいと思う。済まん…いつも…辛い思いをするのはお前の方で…俺は…お前に助けられてばかりいる…」

目を閉じ、両手で顔を覆い隠して呟くジャッキーに対しチャンドラはそう囁くと、ジャッキーの両手をそっと隠している顔からはがす。

「…ダリィ……」

見下ろしてくるチャンドラの表情は、今にも泣き出しそうだった。

「俺は…お前と出逢ってから…弱くなっちまった…どうしてくれるんだ……お前が怪我をする度に…お前が傷付く度に…心臓が止まりそうになる…お前は…俺を早死にさせる気か…よ………っ!!」

ジャッキーの怪我を思いやってか、チャンドラはそれ以上身体に触れようとはしなかったが、それでも悪態だけは吐きたかったのか、そこまで言うと両手でジャッキーの頬を捉え。

「…っ!」

チャンドラはジャッキーの口唇に、そっと触れるだけの口接けをしたのだ。

「…基地の爆発を見て、今度こそおまえは戻って来ないかもしれないって…考えたくないのに俺の頭の中は、そんな嫌な考えばっかり浮かんで…」

まだ体温が元に戻っていないジャッキーの口唇は氷のように冷たく、ほんの少しだけ触れたチャンドラの口唇が、その冷たさに弾かれた様に離れる。
軽口なら普段から叩いてはいたが、自分から弱音を吐露する事などめったにないチャンドラから吐き出されたその言葉は驚くべき事であったし、更にはチャンドラの方から口接けをしてくる事など初めてだったので、ジャッキーは思わず絶句してしまった。

「…ごめん…ダリィ……。そんなにおまえを哀しませるつもりなんか…なかった…だからもう…」

ジャッキーはそっと手を伸ばし、チャンドラの頬に触れる。
その頬は温かく…そのぬくもりを感じられる事こそ、生きている証し。

「…もう、おまえがいない場所で無茶はしないから……」

そんなジャッキーの言葉を聞きながら、チャンドラは伸ばされた傷だらけの手を両手で握りしめ、そして自分の頬へと擦り寄せる。
互いが、互いの温度を確かめる。
そんな些細な行為ですら、今のふたりには必要だった。


「愛している」だとか「好き」だとか。
ふたりの狭間にそんな感情が、果たしてあるかどうかは本人達すら判ってはいなかった。
ただ、いつかふたりが辿り着くだろう約束の地への慰みの供として、互いが手を取り合った事は確かだった。






《初出:Evidence00/2003/12/29発行「下士官ズ・アンソロジーブック/Yes,Sir!」より
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