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黄金色の大地 無限の蒼穹

嘗て、秋には黄金色に燃える穂が波打つ肥沃な大地だった。
しかし今は、赤茶けた大地に僅かばかりの立ち枯れた木々が点在するだけの、戦争の疵痕だけが残る荒涼とした大地へと変貌を遂げてしまった。
風に靡いた黄金色に燃えたの実りの穂は、さながら黄金色の海原のように波立ちさぞかし美しかったに違いない。
けれど今、自分の掌の上にあるものは、黒い墨と化した黄金色の穂であったはずの、もの。
本来なら豊かな大地に根付き、人々の生活の糧になっていたはずの、もの。
それが、自分の掌の上で少しの衝撃で粉々に崩れてしまい、元の形すら判らなくなってしまうのだ。
あの瞬間、まだ此処では収穫の準備に明け暮れていたひとたちが、いただろう。


騒がしく囀る小鳥、人なつっこい犬達、したり顔の猫達、美しい花、きらめく緑の木々達。
一日一日を大切に生きている大人達、毎日が楽しくて仕方のない子供達。
総て、一瞬のうちに奪われてしまった。
もう此処には、当時住んでいたひとたちが生活していたと言う証明すら残されていない。
勿論、生き残ったひとたちもいた。けれど、避難できたのは、ほんの一握りの、僅かな数のひとたちだったと聞かされている。
罪は罪でしかなく、その罪に見合った贖いを受けなくてはならない。
それに気が付いているはずなのに。


人は何故、こんなにも愚かなのだろう。


何度、同じ歴史を繰り返せば気が済むのだろう。

悔いては懺悔し、そしてまた、同じ行為を繰り返す。

自分も、そんな愚かな人間のひとりなのだと、今更ながら思い知らされ…。




自分達の犯した罪は、こんなにも影を落としているのにも関わらず。
あの戦いはいったいなんだったのだろう。
コロニーが落ちる事を阻止出来なかっただけでなく、その事実さえねじ曲げられ、全てが隠蔽された記録にも、残されることのない戦い。
確かにあったはずの戦いが、白紙に戻され、無かったことになってしまった戦い。
あの戦いの中で覚えた感覚を、あの戦いで知った生き方を、あの戦いで出逢った人たちを、全て無かったものになど出来るはずがない。

そしてあのひとと出逢い。

自分は自分の甘さと愚かさを知った。

けれど、その出逢いすら無かった事とされ………。



自分とあのひとの狭間は、いったいどのくらいあったのだろう。
連邦とジオン…という距離だけではなかったはずだ。
生き様と、言うだけではなかった…と、思いたい。
でなければ何故、自分は此処にいるのだろうか。
このひとは星の海で散ってしまったというのに。


信念と、情熱と、己の理想に邁進し続けただろうあのひとが生命を落とし、自分の意志さえまともに伝えられない、焦燥と迷いの中でいつも藻掻いている自分の方が生き残ってしまった。


自分たちのその違いとは いったい何だったのだろう。
他人からすれば、幻影に囚われているだとか、過去を引きずるなと言うだろう。
けれど、確かにあのひとの存在があったからこそ、今の自分が存在している。
あのひとが居たからこそ、自分は変われたというのに。
そしてそれが自分にとって、どんな意味があったのか。
自分の人生を時に例えたら、ほんの僅かな邂逅にすぎなかったのに、あの瞬間が、自分の中の何かを壊し、そして何かを生んでくれたのだ。
ふつふつと、呪詛にも似た想いでこの数ヶ月間過ごした闇の中、心にある、あのひとの存在だけが、自分の生きる意味を標していてくれた。
けれどそれが、自分の心の枷になると、誰が考えついただろう。


もう、自分は此処には居られない。

此処にいる事に耐えられない。

多分、あのひとは「逃避…」と、言うだろう。


それに気が付いたのは、この地へ来て幾日も経たなかった。



      
      




コウが此処に着任する前から此処の住人になっていた、キースとモーラ、そしてニナはあの戦いを通して知った、ジムの火気系統の脆弱さを補うためのプログラム作成に従事していた。
そして、その新しいプログラムの起動実験をコウにして貰いたくて、コウがここに着任するまで待っていたのだ。
もちろん、コウがここに来るまでにどんな目に遭っていたかぐらい、彼等だって十二分に知っていた。
自分たちだって、同じようにあの場所に居たのにも関わらず、罪を押しつけられ執行されたのは、コウとシナプス艦長だけだった。シナプス艦長は誰の弁護も受けられず極刑によって既にこの世の人ではなくなっていたし、コウはその彼の行った行為に対する軍法会議よって裁かれ、数ヶ月間彼等の知らぬ場所へと抑留されていたのだ。
あの時、コウがあそこでGP-03で出撃したからこそ、自分たちは生き残れたのだと、地球への被害もあれだけで済んだのだと、何故、人はみな思えないのだろう。
彼等は彼等なりに、苦しんだ。だからこそ、いつでもコウが戻って来られるように、自分たちがコウの居場所を作らなくてはならないと、思って此処まで準備してきたのだ。

だが。

「大丈夫かよ、コウ」

コックピットに搭乗し点滅する計器を眺めているうちに、コウの鼓動は何故か早くなり、酷い吐き気と目眩に襲われ…。



彼等の思いと、他ならない自分の意志とは関係ない所で、コウはコックピットに搭乗出来なくなっていたのだ。勿論、彼等も、そしてコウ自身も、始めは体調が悪いのかと思っていた。
けれど日を置いても、コックピットに搭乗するたびにその症状が発現してしまうのだ。
原因はどう考えてもたったひとつ。
たった一ヶ月間の間に、まだ未成熟な青年から、ひとりの男に成長させてしまう程の戦いが、彼を、コウを変えてしまったのだ。
けれどその戦いは、コウを成長させただけではなかったのだ。
得たものも多かったが、失ったものも多かった。
あの、本当に僅かな期間の戦いの全貌を知らない者にとって、コウが受けた精神の疵がどのようなものなのかなど判るはずもなく、出された結果は、判で押されたような心因性疾患。
そんな簡単な言葉で、彼の症状を一括りにしないで、じっくり治療をしていけば絶対に治る。
だから少し時間が欲しいと、キースやモーラ達は嘆願書を出したのだが、彼等の言葉は上層部には届け入れられず……


コウは、軍を退役する事となった。

慈善事業を行っている訳ではない。軍側の言い分の方が正解だと言うのは理屈では判っていても、心情的にはどうしても彼等には納得がいかなかった。

「仕方が、ないね。」

にっこりと微笑み、上官の言うことに一切口答えしなかったコウはそう言って、たった三人に見送られオークリー基地を去っていった。

「コウは、そんな弱くなんかないのに…あんなに辛い戦いを耐えて来たのに…。」

しゃくり上げ、溢れる涙を手の甲で何度も拭いつつ、キースは小さくなって行くコウの背中を眺めながら、声を詰まらせる。

「買い被らないでくれよ、キース。戦いには耐えられたけど、勝てなかったのは事実なんだし」

コウの背中は、泣きじゃくるキースにそう語っていた。
男にしか、判らない言葉だった。




そして今、彼は荒野にある一本の立ち枯れた木の下にいる。
普段の彼からすると信じられないぐらい私物の少ない彼が唯一、私物として軍に持ち込んでいたのは、自分で作ったドッグ・タッグのみだった。
それも、キースと共にナイメーヘン時代に巫山戯て作ってみたものだったが、彼にとっては本当に唯一の宝物に近かった。そして、その一番宝物に近しいものを、この立ち枯れた木の下に穴を掘り埋めようとしていたのだ。
確かに自分が軍人だったという証明になるものは、総て退役と同時に徴収されてしまったから。
せめてこのドッグタッグだけでも、墓碑として此処に埋めよう。
決して、あのひとと戦った証明にはならないけれど。
決して、あのひとの……だとは言わないけれど。
自己満足に過ぎないかもしれない。
一時の感傷に過ぎないかもしれない。
けれど今の自分には、あの時の記憶と、あのひとの存在は重すぎた。

だから。

だからまず、此処から始まる為に。
だからこそ、此処から生まれ変わる為に。
軍人だった自分と、あの時の記憶と、あのひとの存在を此処へ閉じこめよう。


これは「逃避」かもしれない。
もしかしたらあのひとから。
あのひとの存在から逃れる為の「逃避」かもしれない。


軍人としての罪は、罪として自分は受け入れよう。
人としての罰は、人として罰を受け入れよう。


今の自分に出来る事と言えば。
そんな事ぐらいしかない。



だからこそ此処から始めよう。
傷ついた大地の復興を。
自分たちの犯した罪の償いを。
それで、罪が濯がれるとは思えないけれど。



この大地に、黄金色に燃える穂の海原が再び波打つ時まで。


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