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シュレーディンガーの猫(イングラム×イルム)

ああ。俺がもっとしっかりしていれば。
今更悔やんでも、遅すぎる。
予兆は、あったんだ。PTXの時代から。
だが俺は、目先の事ばかり気にしていたから。
時々発せられる言葉の端々に、行動の片鱗に、あいつからのSOSはあったのに…。
ただ手を拱いて、あいつの変わってゆく姿を見ていた訳じゃないけれど。
俺は自分なりに、その時出来る最善の方法を取ってきたけれど。
でも、いつも半歩遅いんだ…俺の行動は。
気が付いた時にはまだ、あいつの手を取ることが出来たはずなのに。
ちょっと目を離した隙に、あいつを、あいつの心を見失ってしまった。



リン…俺は、あいつを救えなかったよ。
リン…おまえは、こんな不甲斐ない俺を許してくれるだろうか。
子供達にばかり尻拭いをさせている、この俺を。
本当なら、最前線で闘わなくちゃならないのは、俺たち大人なのに。
どうしていつも、俺はこんななんだろう…。
悔やんでも悔やみきれない事態に陥って、初めて気が付くんだ。


…けど、どうしてだろう。
何故か違和感を感じるんだ。
俺は俺であるはずなのに。
何故か本当に今、俺はここにいるのだろうか…と。






いや。もしかしたら、俺はあいつに救われたかったのかもしれない。
あやふやな、曖昧な記憶と自分の存在の違和感とをあいつに照らし合わせていたのかもしれない。




俺は…イルムガルト・カザハラは…。
本当に存在していたんだろうか。
もしかしたら…俺はあいつと同じように……。




いや、考えまい。
考えても、無駄だ。
だってもう俺は………。






…リン…好きだったよ…。
今でも…これからも………。








「グルンガスト、コックピット直撃ですっ!」
一瞬、その悲痛なユンの叫びが、ハガネの艦橋を凍り付かせる。 
と、同時に轟音が艦体を揺らした。
断続的な敵の攻撃が激しい振動となって、艦橋にまで伝わってきていたのだ。






そんななか、大きなモニターは正面のグルンガストを映し出していた。





応戦するグルンガスト零式と弐式、ジガンスクード、ヒュッケバインシリーズ、SRXチームにATXチーム。激しい猛攻の中、彼等は善戦していた。
だがその中で唯一、グルンガストだけが被弾率が非常に高かった。そしてそれは、普段のイルムからは信じられないほどで、搭乗者である彼の焦燥を顕しているかの様にまるで操縦に切れがなかったのだ。
『イルム中尉っ! 無茶はしないで下さいっ!』
スピーカーから珍しくキョウスケの焦った声が響く。 
ハガネを狙っていたR-GUNリヴァーレのアキシオンバスターを阻むように、イルムのグルンガストがその間に割って入ったのだ。




そしてその結果…。





「イルム中尉はっ!」
副長のオノデラの問いに、ユンは振り返り、口唇を噛みしめ小さく頭を振り、
「応答ありません…」
と、苦しげな口調で続けた。
「…イルム中尉は、表には出さなかったが、イングラムと決着を付けたがっていた。二人の間に何があったかは不明だが…今は…彼の無事だけを祈ろう…」
オノデラはモニターを眺めながら、ぽつりと呟く。今の彼には、そうとしか言いようがなかったからだ。
そのモニターには、グルンガストが黒煙をあげて墜落してゆく姿が映っていた。
抵抗らしい抵抗すらする時間も与えられず、グルンガストはゆっくりと墜ちてゆく。
どう贔屓目に見ても、あの状態ではイルムは助からないだろう。
信じたくはないが、誰もがそう思っていた。
実際、アキシオンバスターを受けた時点で、イルムはコックピットごと一瞬のうちに蒸発していた。
多分痛みも、苦しみも感じなかったに違いない。
だが、何故。
全員の脳裏を、その言葉だけが過ぎる。
彼程の腕前で在れば、無傷とは言わないが、こんなに呆気なく墜とされるはずはない。
なのに…何故…。





「カタパルト被弾っ! 下部連装衝撃砲大破っ!」
各ブロックからのアラームが鳴り響き、凍り付いていた艦橋に再び時間が戻ってくる。
「まずは…眼前の敵を倒そう…グルンガストの…イルムの救出は…その後だ…」
艦長のダイテツは、自分を見つめてくる周囲の者達を見渡した後、オノデラに指示をする。
不満は、無かった。それは当然の事であったから。
戦いはまだ、続いている。
たった1人を救うために、艦を犠牲にする事など出来るはずがない。
彼等には、今、最優先で行わなくてはならない使命があるのだから……。




螺旋の記憶が静かに、そしてゆっくりと解けてゆく。
その記憶は、確かに「ひと」であった頃の、生きていた頃の記憶。
温かい母の温もりに抱かれていた、幼い頃の記憶。
父の手に引かれて、遊園地へ行った楽しかった記憶。
優しい眼差しや厳しい眼差しに包まれて、友という仲間達と過ごしていた記憶。
そして…柔らかな口唇と、冷たい眼差しが反比例しながらも、くすぐったい吐息が嬉しかった記憶。
すべて、真っ暗な箱の中で縮こまって、何かに怯えていた自分の中にあった記憶。
その箱から出たとき、その時が自分に最期の時が訪れるのだと、判っていた。
それらをすべて掌の上に乗せ、思わずその温もりに頬を寄せる。
もし、それが自分の本当の記憶でなかったとしても、確かに今、此処に、掌の上にある。



この美しく蒼い空。そして緑の大地。澄んだ碧い海。



目に焼き付けておこう。



白い雲と、爽やかな風、鮮やかな色彩に彩られた花々。




心に刻み込んでおこう。




自分が愛してやまなかった星、地球を。



大好きだった、人間達を。










目の前にあるのは、自分と等しい価値しかない存在の男。
今思い出したよ。
俺は、本来此処に居るべき存在ではなかったんだ。 
「螺旋の記憶」と言う名の偽りのメモリーを植え付けられただけの、ただの木偶人形。
本当の俺は、ヒュッケバインの事故の時、既に死んでいたんだ…。
イングラム…。
何で俺を生き返らしたんだい?
いや…その表現方法は間違っているかもしれない。 
イルムガルト・カザハラは別に生き返った訳ではないのだから。




だだ…。




別に俺じゃなくてもよかったんじゃないのか……。
それも、あんたへの敵愾心と不信感まで植え付けて。
あんたの手の内の駒にしておくには、俺の存在はちょっと「不自然」だろう?
でも、もし俺が生まれた存在に意味があったのだとしたら。
もしかしたら、奴の…
イングラムの中に眠る一欠片の良心からだったのだろうか……。





ああ。
もう…時間だ。
俺の存在が…もうじき此処から…無くなるだろう。 
何も残すことは出来なかったけれど。
でも…イングラム。
俺は…おまえの事、嫌いじゃなかったよ。





『…イルムガルト、愚かな男』
アキシオンバスターを放ったR-GUNリヴァーレのコックピットから、イングラムがぽつりと呟く。
グルンガストを昏い閃光が貫いた時、一瞬にしてイングラムの思考に飛び込んできたのはイルムの末期の想い。
交錯したイルムの思考と意識は、その普段からの彼からはほど遠く硝子細工の様に脆く、イングラムの心に触れると一瞬のうちに砕け散っていった。
『…自分の存在意義に振り回され、仮面を被る事でしか自己を保てなかった、哀れな男。何も考えず、ただ遺伝子と記憶に促されるまま生きてゆけば…どんなに楽だっただろう。…まるで…鏡に映った私そのものじゃないか…』




深い海の底の色にも似た藍色の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。





『だが…私とは異なり…組み込まれた遺伝子と記憶の束縛から放たれ…解放された…幸福な魂…。もう二度と、生まれてくるな…愚かなイルムよ。我々のような存在は…私だけで充分だ…』
墜ちてゆくグルンガストを見つめ、イングラムはこれからの自分の事を思う。
組み込まれたプログラム通り、自分はリュウセイ達の敵となり、此処にいる。
そして、これからもずっと。
何度となく、幾度となく、自分は彼等の前に敵となり、時には味方となって現れるだろう。




それが、自分に架せられた宿命。
それが、自分に出来る唯一の存在意義。
自分はイルムの様にはなれない。
イルムが自分の様になれないと同じに。




『我々は…歯車だ。運命という、宿命と言う掌の上で…死の舞踏を…その踊りが死ぬ寸前まで“死ぬ”為に踊っている事すらも判らないまま踊り続ける歯車だ。そしてそれに気が付いた者は…疑問を抱いた者は…イルムの様に……』

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