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黒の智天使 蒼の堕天使 ♯2(イングラム×イルム)


RTX?008Rヒュッケバインの起動テストを2日後に控えた日、リン・マオの元に緊急を要する連絡が入った。それはマオ・インダストリー総帥、即ちリンの父親に当たる人物が事故に巻き込まれ死亡した・・・と言うものだった。
普段なら最前線を預かる軍人である筈のリンが、肉親を失った程度で帰還を許される筈はない。だが現在の地球連邦軍に於いて、一民間企業である筈のマオ・インダストリーの存在は非常に大きく、今後の戦局に於いても多大な影響を及ぼしかねない非常事態であった為、リン・マオは早々の帰還が許された。
「・・・父が亡くなった。もう私は軍人としてここに居られない。血族が私以外に残されていないマオ家を継げるのは・・・私しかいないのだから・・・。」
イングラムを前にしたリン・マオは、俯き握りしめた拳を僅かに震わせながら呟くように告白を続ける。
「・・・でも、私は迷っている。軍人を続けていきたい自分と、家督を継いで父の意志を全うしたい自分がいる事に。」
そんな告白を、イングラムはじっと静かに聞いていた。
所詮、一介の部下に過ぎない筈のイルムを、自在に操れる自分の手駒にする為に取った手段。その矛先がリンに向いたのは、必然だった。
「・・・マオ・インダストリーは、私が此処へ就任する以前からの取引だからな。互いにそう簡単に切り捨てられる様な関係ではない。それがどういう意味かは、お前が一番判っているとは思うのだが・・・。」
しかしそれは、飽くまでも己に架せられた義務を遂行する為の手段でしかない。
その義務と任務を全うするのに、自分は生かされ、此処へ来たのだから。
当然、個人の感情なぞ考慮に入れる必要性はないし、そういう思考すら働かなかった。
「判っている・・・判っている・・・がっ・・・!」
イングラムの感情の籠もっていない科白が、リンの心に突き刺さる。 
ここにいるのがイルムだったら、色々な言葉を駆使し、リンを必死になって宥め励ましていただろう。だが彼女の目の前にいるのはイルムではなく、イングラムなのだ。
リン自身、期待をしているつもりはなかったのだが、それでも多少は甘い考えを抱いていたのかもしれない。そしてそれは、自分らしくない行動である事も思い知らされた。 
「感情が・・・目の前にある色々なものに流されるのは人間である限り仕方がないだろう。だが、今お前が一番やらねばならない事はいったい何なのか。それが判っているのなら、そちらを選択するべきだ。」
そう言い切ったイングラムの言葉に弾かれる様にリンは顔を上げ、そのまま彼の顔をじっと見つめた。それは自分が抱いていた淡い想いを、きっぱりとはね除けられた様な気がしたからだった。
「・・・くっ・・・。」
そして思い知らされた。とても身近にイルムと言う男性がいるというのに、自分は彼ではなく、今目の前にいる人物に惹かれていると言うことを。
別にイルムの事が嫌いな訳ではない。
どちらかと言えば好ましい方だ。
周囲からは節操無しだとか、いい加減だとか言われているが、彼だってナイメーヘンを次席で卒業したエリートなのだ。表面上の彼だけを見て判断するのは非常に愚かな事なのだと、リン自身幾度と無く体験して来ていた。
飄々とした中にも、己の信念に裏付けされた判断力と、その行動力は現在の連邦軍内でも群を抜いている。将来的には確実に自分よりも、軍の上層部に食い込み、その実力を遺憾なく発揮する事が出来るのはイルムの方だろうとも考えていた。

始めは、そう言った打算的な考えから、接触してきたイルムと交流を結んだ事も確かだった。だが、人の心は時が経てば変化する。
軽口を叩き、交際を求め幾度とアタックしてくるイルムに、自分が抱いていた本当の気持ちと建前がその狭間で揺れ動き・・・。
結局、断る要因もなかったので敢えて首を横には振らなかったのだ。
とは言え、縦に振った記憶もなかったのだが。
だがしかし今、目の前にいる人物に対してはどう言葉に表していいのかリンには判らなかった。愛と言うほど想いは強くなく、恋と言うほど淡すぎる様な気がする。
イルムの対する想いとは、全くと言っていいほど異なる想い。
そしてそれが、イルムを裏切ってしまう想いなのだと、心の何処かで警告を発し出したのは、いったいいつ頃だったのだろう。
リン自身、同時にふたりの男性を好きになれるほど気も多くはないし、手玉に取れるほど狡猾さもない。だから心の中は複雑に想いで絡み合い、気が付けば自分の判断では一歩も進めなくなっていた。誰かに、その一歩を踏み出すために背を押して欲しい。
いつの間にか、リンは自分で考えているよりもずっと、臆病になっていた。
「・・・そんなに片意地を張らず、気楽に考えた方がいいのではないのか?私が言うと真実味に欠けるが、時にはイルムの真似をしてみるがいい。」
口元に笑みを湛え、イングラムはそう言ってリンの肩にそっと手を添える。
「・・・イングラム少佐、私は。」
添えられた手に反応し、リンはその手を横目でちらりと見つめ、そしてゆっくりと正面を向く。そこには、人の心の中を見透かしているのではないかと思わず考えてしまうほど、濃い色のそれでいて硝子の様に澄んだ瞳が自分を見下ろしていた。
「・・・私は、判りません。どうしていいのか。どうすればいいのか。」

そして・・・。
そしてその結果・・・。

「おっ・・・リンちゃん・・・っ!」
ちょうど壁側にいたためイングラムは死角になっていたせいか、階段を上りムーヴィングウォークに一歩足を踏み出した状態のイルムからは、そこにリンがいる事だけしか確認出来なかった。
「・・・えと・・・? リン・・・ちゃ・・・ん・・・?」
一瞬イルムは、自分の目の前にいる人物に対して酷く間抜けな声しか掛けられなかった。
そこにいるのが、一方的ではあるが自分の愛する女性しかいないのだと思い込んでいたのだから、そのイルムの反応は至極当然な反応だっただろう。
「・・・ぁ、わ・・・悪いな。何か込み入ってるみたい・・・だから・・・また・・・。」
イルムはそう言うと、くるりと踵を返し慌てて今来た階段を足早に下りてゆく。
『・・・違うだろ・・・こんな態度じゃ・・・だめだ・・・。』 
足早に階段を下りつつ、イルムは混乱する頭の中でそう叫んでいるが、その感情と身体はまるで別物かの様で、彼自身、酷く慌てていた。
相手は、イングラムだった。
そうじゃないか、考えても見ろよ。リンは一度として自分に向かって“好き”だと、言ってくれた事があったかい?無かっただろう?
今まで人を本気で好きになどなった事がなかったのに、リンに出逢って初めて人を好きになったんだ。総てポーズ。総て偽りの思い。いつかはいなくなる相手に、心など開けない。今まで、そうやって自分の心さえ偽ってきた報いなのか?
一己の人間として、ひとりの男として考えれば、自分は酷く醜く歪んだ生き物なのだ。
一人前に人を愛し、家庭を築き、人類としての種の保存を全うする事すら許されてはいない自分に、一体何が出来るのか。
ならば、自分の想いを優先するよりも優先すべき事がある筈なのではないか。
そう。
リンがイングラムに惹かれているのなら、それを受け入れるべきなのは自分なのだ。自分にはリンを幸せには出来ない。リンは、自分の元では幸せにはなれない。

だがイングラムになら、それは出来る。

喩え、イングラムが得体の知れない過去を持っていても、そしてこれから何をして何処へ行こうとしているのかも判らないが、それでも彼は自分とは違う。
此処で生きているだ。イングラムは。
だが自分は違う。此処にあるのは、科学の発展の為に管理された遺伝子で生み出された《イルムガルト・カザハラ》 と言う名前を与えられた、虚ろな肉の器でしかないのだ。
人としての肉体が此処にあるだけの自分は、死んでいるのと一緒だ。
ならば、死んでいるのと一緒な自分と、生きているイングラムとでは、既に比較する対象にすらならないだろう。

だから心は、いらない。
過去の経験から、何度もそう心に刻んだはずなのに。
また、やってしまった。

研究棟を抜け、ハンガーを横切り、敷地内に申し訳程度にある小さなグリーンベルト地帯まで一気に駆けてきたイルムは、軽く呼吸を整え、そのグリーンベルト地帯を見渡す。このテクノチウム基地の規模からいったら、猫の額程度の僅かな緑。
その中でも、グリーンベルト地帯の延長線上にあるちっぽけな箱庭の様な庭。
最新設備で整えられた灰色一色の基地に、その緑の一角は取って付けたかの様な不自然さで、イルムはまるで自分を見ている様に感じられた。
「・・・俺は・・・ばか・・・だな。本当に。」
緑色の芝の中心に、多分常緑樹だろう木が一本だけ植えられていて、イルムはその木の根元に腰を下ろし、ぽつりとそう呟き、膝を抱き抱える様にして蹲る。
きっとこんな時は、大声を出して泣いたらすっきりするのかもしれない。
けれど今のイルムは、そんな簡単な事すら出来ないほど、心に余裕が持てていなかった。
いや、心だけではなかったのかもしれない。
でなければ、自分以外の人間が直ぐ側にまでやって来ているのに、全くと言っていいほど気が付かないという失態を犯すはずなかったのだ。

「・・・失礼。」
「・・・?」
ふと、柔らかなトーンだが、何処か冷めた口調を態としているかの様に聞こえる声が頭上から降って来たのに気が付いて、イルムはゆっくりと顔を上げる。
人工光に眩しいくらい反射し、銀糸と間違ってしまいそうなほど色のない見事なブロンドの青年が、イルムを見下ろしていたのだ。
「・・・あっ・・・す、済まない。何か様かい?」
目を眇めて、自分を見下ろしてくる青年に向かって問い掛けたイルムだったが、その青年の瞳の色に驚いてしまう。どう表現すれば良いのだろうか。
青・・・と表現するのには余りに深い色で、蒼と言うのには蒼すぎる。
瞳は宇宙に散りばめた星の如く美しく、虹彩に至ってははっきりと色味まで窺える。
人に在らざる色彩を持つ自分の目とは異なる、生きている眼。
「イルムガルト・カザハラ中尉・・・でしたね。隣り、宜しいでしょうか。」
そんな現世に住まう人間とは思えないほど美しい、そう、まるでビスクドールの様な青年は、薄く笑むと静かにイルムの横に腰を下ろした。
一方イルムの方はと言うと、全くと言っていいほど記憶にない青年から声を掛けられ、更には名前まで問われてしまい、少々戸惑っていた。
「・・・記憶に、無いと言った顔をされていますが仕方がありませんね。私は中尉ほど有名人では在りませんので。」
美しい青年は、ともすれば嫌味に聞こえてしまいそうな科白をさらりと口に出し、そしてチラリと横目でイルムの方を見た。
「・・・っ!」
普段ならそんな嫌味のひとつくらい、難なく交わすことが出来るはずのイルムであったが、今日はそんな余裕など少しも残されてはいなかったため、思わず相手に対してきつい表情を向けてしまった。
「・・・気に障ったのなら謝りましょう。ですが、事実を述べただけです。私とあなたでは・・・立場も存在価値も何もかも総て違いますから。」
そう言った青年の、光りを孕んだ金糸の様な前髪から見え隠れする、蒼い宇宙の宝玉の様な瞳が、金色の産毛の様な睫毛で僅かに覆われる。
「・・・立場・・・ね。ま、君が俺に対してどう思ってるのかは知らないけど、俺だってそんな・・・比較される様な立場なんかじゃねーぜ。」
イルムはふいと、青年を見ている視線を自分の足下に落とし、ぽつりと呟く。
「で、何でここに?」
「此処には・・・私の住んでいたコロニーの・・・好きな場所に生えている樹と同じ樹がある・・・ので・・・。」
先程までとは打って変わって、少しばかりはにかんだ笑みを浮かべ、青年はそう応える。
始めの印象は真冬の、凍える薄氷の張った湖を思わせる雰囲気だったのだが、それが僅かに融解し少しだけ印象が変わった。
「そっか。コロニーの出身か。俺は一回だけ、L5にあるコロニーに任務で行った事があるだけだな・・・。」
「・・・では中尉は、地球出身なのですか。」
「ああ。メイド・イン地球。メイド・イン・アメリカ・・・さ。」
しかしその科白には続きがあった。

『そしてテスラ・ライヒ研究所内の、太陽の光の届かない下層にある培養水槽の・・・ね』
と。けれどその言葉は胸の奥に飲み込まれ、決して表面には出てこない。

「所で、君の名前は?君は俺の名前を知っているのに、俺は君の名前を知らないってーのは、何か不公平じゃねーか?」
そして胸の奥底で燻っている言葉とは全くと言って良いほど違うものが、口から自然と発せられた。まるで、そう言う様にインプットされているかの様に。
「失礼・・・致しました中尉。私の名前は、ライディース・F・ブランシュタイン少尉であります。この度の、RTX?008Rヒュッケバインの起動テスト要員に選ばれ、ここに配属されました。」
そんなイルムの心中に、ライディースと名乗った青年が気付くはずもなく、座っていた姿勢を正して訊ねられた通り応えた。一方、何気なく青年の名前を聞いたイルムは、彼が名乗った名前にふと、思い当たるものがあり、つい先程まで己の思いに沈み込んでいた事すら忘れてしまった風な素振りで、「・・・ブランシュタイン、ブランシュタイン・・・と、あっ!もしや、あのエリート軍人一家の関係者ってところ?」
と、ライディースと名乗った青年の方へくるりと振り返って、そう問い掛けた。
だが、その言葉はその青年の不興を買ってしまったらしく、微笑を浮かべていても無表情に近い顔でイルムの方を見ていたのに、その顔が酷く強張ったものへと変化してしまったのだ。
『うわ、こりゃ地雷踏んじまったかな』

そんな表情を見せるライディースに対してイルムは自分の失言に気が付いたが、今更襲い。自分の本性を隠すために被ったはずの仮面は、時として自分の意志とは全くと言って良いほど異なる行為に及んでしまったり、思いも寄らない行動に出てしまう事があった。それが今、まさにその時だったのだ。
「・・・中尉の方こそ、ナイメーヘンでは次席で卒業なさり、更には次席だったとは言え実践成績はナイメーヘン創立始まって以来の最高記録だったそうではないですか。幾らブランシュタイン家が数々の軍人を排出している家系とは言え、その血族が総て優秀だとは限りませんよ・・・?」
冷めた口調にも増して、宇宙の星を散りばめた様に蒼く輝く瞳からすうっと色が失われ、凍えるほどに冷えてゆく様は、見ているこちら側も凍えてしまいそうだった。
「・・・あーーー済まねぇ。悪かったな。もしかして俺、地雷踏んじゃったんじゃねーか?ダメだなぁ俺。ほら、どーも俺って人の心の機微っ・・・てーの?そいつを汲む事が苦手らしくってさ、気分害したなら謝る。」
イルムはそう言いながら片目を瞑り、右手を目の高さまで上げると軽く翻して謝る。
だが、そんなイルムにとっては他愛のない、普段と変わらない態度と仕草が、ライディースにはとても新鮮に感じていた。何しろ、自分の周囲に群がってくるのは、ブランシュタイン家と言う名のブランドのお零れに肖ろうとする不逞な輩ばかりだったし、その他と言えば己の力量も計れず銘に胡座をかいて不遜な態度の者達ばかりだったのだ。
それがどうだ。今、ライディースの目の前にいるイルムと言う男は、確か自分よりも一階級上に当たる中尉のはずであったし、噂が確かならこのまま上層部に食い込むだけの実力があるらしい人物のはずだ。その為に、どんな人物なのか一度会ってみたかったのだ。しかし実際会ってみて、このフランクさはどうだ。
本当にこれが噂通りのイルムガルト中尉なのだろうか。
ライディースは、少々抱いていたイメージとは異なる事に驚きを隠せなかった。
そんな思いに駆られながらライディースは、イルムをじっと見つめる。
「・・・何?俺の顔に何か付いてる?」
けれどイルムの方はと言うと、ライディースの考えている事など気が付いた風でもなく、自分より下士官の、更には年下である相手に向かい、小首を傾げきょとんとした表情を返してきたのだ。
ライティースからすれば、それが大の大人のする仕草とは到底考えられなかった。
『本当にこの人があの、イルムガルト中尉なのだろうか。浮いた噂からすればそうかもしれないが、余りにも思っていた印象と異なりすぎる気が・・・。』
胸の中で擡げてくる思いをひた隠しながら、ライディースはそんなイルムに対し、
「・・・いえ、何でも在りません。気に為さらないで下さい。所で中尉、唐突で失礼かと存じ上げますが、中尉は何故この様な所にいらっしゃるのですか? 」
少々不躾かと思ったが、そう問いを投げかける。
自分は予定していたシュミレーションでの操縦訓練が、マシン調整の為に1時間ほど時間が空いてしまったのを利用して、此処で気分転換をしようと思っていたのだ。
だが来てみれば、そこには大きな身体を持て余す様に蹲って座り込んでいるイルムの姿があったのだ。
「・・・聞きたい?」
そんなライディースの問いに、何故かイルムは口元に自嘲気味の笑みを張り付け、反対に問い掛けて来る。
「いえ。このような時間に此処にいるのが少々不思議でしたので聞いてみただけです。お気に為さらないで下さい。」
自分の不躾な問いに、本当に答える気があったかどうかは判らないが、どうやら此処へ来た理由は余り良い理由からではなさそうだと、そのイルムの表情から窺い知れたライディースは、早々に話題を切り上げる事にした。するとどうだろう。
「・・・お前って、結構人がいいんだな。ぱっと見より素直そうだし。俺、お前のそーいう所、気に入ったな。仲良くしようぜ。」  
と、唐突にそう言い出すと、イルムはライディースの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「あ・・・止めて下さい。髪が・・・。」
「いーじゃねぇか、髪っくらい我慢しろよ、べっぴんさん。」
イルムにくしゃくしゃにされた髪を、ライディースは両手で一生懸命整えながら抗議を唱える。何しろライディースの髪は、その色からも判る通り、非常に細く、猫っ毛な為に直ぐに絡まってしまうから始末に負えない。
「・・・ちょっ・・・ちょっと待って下さい。何なんですか、そのべっぴんさんというのはっ!そ、それと・・・困るんです。今からでは時間が足りなくて宿舎には戻れないんですから。」
「気にすんな、気にすんな。身嗜みはきっちりやっておかないといけないが、それっくらいなら軽く手で直しときゃいい。」
そんなイルムのマイペースぶりに、ライディースは善いように翻弄されてしまっていた。
だがライディースは、そんなイルムの態度にばかり気を取られていた為、今、彼がどんなに昏い眼をしているかに、少しも気が付かなかったのだ。


「・・・どうする?リン・マオ。イルムを・・・追う・・・か?」

イルムが走り去っていった廊下とイングラムを交互に見比べ、今にも泣き出してしまいそうな表情のリン・マオに向かって、彼女の目の前にいる男は冷酷にそう言い放つ。
「・・・出来る訳がない。少佐もご存じの筈です。私はイルムを前にすると・・・巧く喋られなくて・・・いつも・・・あの人を傷付けてしまう。なのに、あの人はそんな私に対していつでも優しく微笑んでくれて・・・だから・・・今行って何を喋っても・・・総て弁解にしかならない・・・それに更にあの人を傷付けてしまうだけだから・・・。」
普段のあの、きつい言い回しとは程遠い、非常に弱々し気で頼りのない物言いは、とてもリン・マオとは思えない。そしてその言葉から、彼女の不器用さが現れていた。
今、彼女の中では色々な思いが渦を巻き、その思いに翻弄されている。
「なら・・・このまま私は居なくなった方がいいのかもしれない。多分、このままあの人に会ってもきっと弁解ばかりして、一番言いたいことは何も言えないと思う。だから・・・私はこのまま家へ帰ります。そしてもう・・・二度とイルムには・・・会わない。」
リン・マオは小さく俯き、きゅっと口唇を噛み締める。
自分がイルムに対し、どれだけ卑怯な態度を行ってしまったか、十二分に判っていた。 だから、会わない・・・のではなく逢えないのだ。
「そうか。判った。お前がそれで納得しているのなら俺はもう、何も言わない。お前にはお前にしか出来ない、為すべき事があるのだからな。後の手続きは俺がやっておこう。それが、俺がお前に対してやってやれる、最初で最後の・・・。」
イングラムはリン・マオの耳元で囁く様にそう言うと、彼女の細い顎を指でそっと摘み、啄む様に口接けた。
「・・・・。」



そして、彼等は運命の日を迎える―――――――――――――。 
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