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黒の智天使 蒼の堕天使 ♯3(イングラム×イルム)


ゆるゆると、瞼を開ける。周囲は白い。
壁も、天井も、床も、そして自分の腕でさえも。
「・・・っ!」
彼は、唐突に起きあがり辺りを見渡すが、そこには誰もいない。
静かだった。
一切の音が感じられず、まるでそこだけ切り取られ、彼だけがそこに残されてしまっているかの様だった。
「・・・ゆ・・・め・・・なんかじゃ・・・ねえよ・・・な。」
そう、ぽつりと呟いた彼の視界に、ふと別の白いモノがあった。
「・・・?」
彼は、その白いモノが何なのかと思い、手でそっと触れ、そしてそれが自分の長い髪である事に気が付いた。
「・・・!」
確かに、自分の髪の毛は肩胛骨が隠れる程度の位置まで伸ばされてはいたが、こんな床に届きそうなほどの長さではなかった筈だ。それに、この白い髪が嫌いで、手間暇掛けて薄青紫色に染めていた筈だった。なのに、今、視界に入る髪の色は白い。
いや、それだけではない。
心なしか、確かに自分の腕である筈なのに、違和感を感じるのは何故だろう。
そうだ。白いのだ。いや、それは正確な表現ではない。
一度も陽の陽射しを浴びた事のないような、まるで蝋細工の様な血色の悪い色。
更には、実験や事故などで本来なら疵だらけである筈の腕が、生まれたての赤子の様に真っ更で傷ひとつないのだ。
「・・・どういう・・・こと・・・だ・・・?」
彼は、最早癖となっている、がしがしと片手で前髪を掻く仕草をしながら、自分の身に降り掛かった出来事を、ひとつづつ反芻する様に思い出してゆく。
確か、ヒュッケバインに搭載されたブラックホールエンジンの起動実験が、地球時間で正午ジャストに行われた筈だった。
搭乗者はライディース・F・ブランシュタイン少尉。
そして自分は、そのライディース少尉の予備員として登録され、実験の行われる月面にあるテクノチウム基地の地下にある、特殊技術研究室でカーク・ハミル博士と共に起動実験をモニター越しで見ていて・・・・・。

爆発が起きた。

その瞬間からの記憶は途切れており、気が付けば、瓦礫の中で青ざめたハミル博士が自分を見下ろして、何かを叫んでいた。ハミル博士自身も酷く血塗れなのに何故、自分の事ばかり気にしていたのか一瞬判らなかったが、その後直ぐに原因が判明した。
それは何故か。そう、俺には一切音が聞こえなかったからだ。
周囲では炎が上がるほど、爆発が起きていたのにも関わらず、その音が自分の耳には届いていなかったのだ。それがいったいどういう事なのか。

答えは、簡単だった。

だから自分は、これで漸くこの重たい蛋白質の塊という枷から解き放たれるのだ・・・と、これで漸く喜びの野へと逝けるのだと、思っていた。

そう思っていたのに。
また、此処に引き戻されてしまった。
「・・・俺は・・・まだ、使い道があるって・・・ことか。」
開いた両手をじっと見つめながら、彼はそう呟いた。


激しい爆発が至る所で起きていた。
ヒュッケバインのブラックホールエンジンが暴走し、その爆発した時のエネルギーが収縮と拡大を繰り返し、月面テクノチウム基地は壊滅状態に陥っていた。
「・・・ハミル・・・博士、何処です・・・か?生きていたら・・・返事をして下さい。」
力無く、おぼつかない足取りで瓦礫の山を避けるようにして歩きながら、イルムは掠れた声でカーク・ハミル博士の名を呼ぶ。その姿は、まるで幽鬼の様だった。
右上半身が赤黒く焼け爛れ半分崩れ、所々破れた皮膚の間からピンク色をした肉や白い網目状の繊維が見え隠れしており、青く染め上げていた筈の長い髪も、どす黒い血にまみれ、更には半分以上が縮れてしまっており、元の長さがいったいどの位だったのかすらも判らなくなってしまっているほどだった。
「・・・か・・・かは・・・っ。」
炎と熱風に煽られ、イルムは一瞬息が詰まる。
「ハミル・・・博士。お願いです・・・返事を・・・。」
霞んだ目で、必死になって辺りを見渡す。核兵器が投下されてもこの研究室だけは破壊されない。そう言われていたのにも関わらず、余りにも呆気なく、ここは瓦礫と化してしまい、生存者の姿すら感じられない。
もしかしたら生き残っているのは自分だけなのではないか、イルムはそんな思いに駆られてしまい、必死になる。
「・・・ここだ、中尉。わたしはここにいる。」
ふと、自分の足下から声が聞こえるのに気が付いたイルムは、ゆっくりと、足下に視線を落とす。するとそこには、大きな瓦礫が重なり合った僅かな隙間から、傷だらけの手が出ていたのだ。
「ハミル博士っ!・・・大丈夫です・・・かっ!」
よろよろと、転がり込む様にイルムはそこへ歩み寄り、直ぐに瓦礫の山を退かしだした。
焼け爛れた指先の肉片が、瓦礫を持ち上げる度にそれに付着し、イルムの右手の指先から白い骨が見え隠れし始める。
もう、痛みは感じられない。
「もうすぐです・・・今、出られるように・・・なりますから・・・。」
ひとつずつ、ゆっくりとイルムは瓦礫を移動させてゆく。
だが瓦礫を半分近く退かした辺りで、イルムの体力が急激に衰えだしてきたのだ。
「・・・中尉?どうした?」
決してスピーディとは言い難かったが、それまでコンスタンスに運ばれていた瓦礫がここに来て、ぴたりと途絶えてしまった事に疑問を覚えたハミル博士は、外の状態を窺いながらそうイルムに問い掛ける。
しかし、イルムからの返事はない。
「中尉っ!イルムガルト中尉っ!・・・どうした?大丈夫か!」
普段は、沈着冷静であるはずのハミル博士ではあったが、今、自分とイルムが置かれている状況を考えれば、事態は一刻の猶予も許されない状態なのだと判断していた。

そして・・・。

「・・・申し訳・・・ないが、ハミル博士・・・、重くて大きな瓦礫は、粗方退かしましたんで・・・自力で・・・出て来て貰えません・・・か・・・ね?」
遠くで爆発音がする。それが次第に近づいて来ているのが、地中にいても伝わって来ている。そしてその音に紛れ、イルムの掠れた声が聞こえた。
「・・・怪我を、しているのか?」
酷く、息が荒い。
普段のイルムからは到底考えられないほど余裕がない事が、その息遣いから感じ取れた。
父親や、自分、そして親友であるロバートから受ける「実験」と証した非人道的な扱いをどんなに受けようと、自らの選択したポーズを決して崩したことがなかったはずのイルムが、その仮面を外している。
「・・・自分的には、出来ると思ったんですけどね・・・どうにも身体が思うように動いてくれないんです・・・。」
その口調から、イルムの身体に何らかの変調が来している事が判る。
「・・・判った。何とか自力でここから出る努力をしよう。中尉は・・・そこで少し休んでいるといい。」
時間がない事は判っている。
だが、この状態で自分が行える事など微々たるものだ。
この瓦礫の山の中から早急に脱出して、イルムと合流し出来るだけ安全なルートを確保しつつ、此処から離れる事なのだ。
ハミル博士は、頭の中に叩き込んである脱出ルートを幾つかシュミレートしつつ、イルムが退かした大きな瓦礫の間にあった比較的小さな、自分でも退かせる瓦礫をひとつずつ丁寧に移動させてゆく。そして人ひとり、何とか通れる程の隙間が生じると同時に、ハミル博士は漸くそこから這い出す事が出来た。
「・・・さあ、急ごう。ここはまだ、危ないからな。」
穴から出ると直ぐ、ハミル博士はそう言いながらイルムの姿を探す。
「・・・っ!?」
ハミル博士の視界に入ってきたイルムの姿は、思わず言葉を失ってしまうほど、酷い状態だった。そう。自分の足下にある、瓦礫だと思っていた小さな山が、イルムだったのだ。 
その姿を、どう形容していいのか。今のハミル博士には判らなかった。
ただ、何とかひとの形を留めている、肉塊。
そうとしか、言いようがなかったのだ。
「・・・。」
自分が力一杯退かした瓦礫が、運悪く。
側の瓦礫で、横たわる様に身体を休めていたイルムの下半身に直撃しーーーーーー。
「・・・・・っ。」
自分が傍にいるのに気が付いたのだろう。イルムは閉じていた目をゆっくりと開く。
と、言っても左側の目だけだ。右目の瞼は、酷い火傷で皮膚が癒着してしまっているらしく、ぴくりともしない。それなのに、微笑んでいた。
ハンサムと言うには少々ファニーな雰囲気を醸し出していたイルムの顔は、半分は酷い火傷によって元の形が判らないほど赤黒く崩れ、攣っていた。

「・・・ひゅ・・・ぅっ・・・。」
熱風と煙で、喉も焼かれてしまっているらしく、声も出ない。
「・・・イ、イルムっ!死ぬなっ!死ぬんじゃないっ!今・・・今助けるからっ!」
ハミル博士は、その時初めてイルムの事を“中尉”ではなく“イルム”と呼んだ。
灰と黒煙で汚れた頬に、一筋の涙が伝う。
自分にとってイルムという存在は、単なる実験体のひとりだと思っていたのだ。
勿論、今もそう思っていた。
だが哀しいのだ。此処でイルムを失うのは。
こんな所で、あっけなく失ってしまっていい生命ではない。
恥も外聞もなくハミル博士は滂沱する涙を拭いもせず、必死になってイルムの名を呼びながら、彼を押し潰している瓦礫を退かすと、まるで襤褸切れの様になってしまった身体を抱き締める。
「死なせない・・・絶対に、死なせたりしないから・・・な。」
そう言ってハミル博士は、イルムの身体を抱き上げると、頭の中でシュミレートしたルートに向かって歩き出した。



「気が付いたか。」
白い部屋は、素肌のままでも居られる程、適温に設定されていたのだが、声の主が入ってくると途端に、数度は温度が下がってしまったかの様にひんやりとした空気が漂う。
「・・・イングラム。何しに来たんだ?極秘の任務があって、暫く帰って来ないんじゃなかったのか?」
赫い色の瞳がチラリと一瞥する様に、部屋に現れた男へ向けられる。
だがそんな視線にも動じず、イングラム・・・と呼ばれた男はベッドサイドに置かれたパイプ椅子にどっかりと腰を下ろし、腕組みをしたままイルムに対し冷めた笑みを浮かべたまま、
「どうだ?新しい身体の方は。傷ひとつない、真っ新な身体だ。気に入ると思うがな」
と、イルムが疑問に思っている事にあっさりと答えを示す。
「・・・新しい・・・身体?」
そんなイングラムの言葉に、イルムから剣呑な気が発せられた。
今にも射り殺しそうなほど鋭利なイルムの視線が、イングラムに向ける。
だがイングラムは、そんなイルムの鋭い視線を、まるで蝿でも払うかの様にその視線を軽く交わしたかと思うと、
「ああ。ヒュッケバインの起動実験は失敗したのは、判っているな。その事故で、貴様の身体は使い物にならなくなったのでな。オリジナルの身体から、貴様の “脳”を摘出して、以前から培養してあったコピーに移植したのだ。・・・人でなしも極めたり・・・と言うことかな。貴様の父親は準備していたんだよ、こんな時があろう事かを想定して・・・ね。」
そう言って、口唇を凍えた笑みの形に歪めた。
「それに、私としても貴様には死んで貰いたくはなかったのでね、好都合だったと言う訳だ・・・何しろ貴様は・・・他の誰でもない、私の手を取ったのだから・・・な。」
目を細め、イングラムは口元に湛えた笑みの形を崩さない。
そのイングラムの姿は、毒を孕んだ蒼い鱗粉を散らす、黒き翼を背に戴いた美しき魔物の様で、イルムの背に冷たいモノが流れ伝い落ちる。
「・・・ああ、そうだ。俺は、共犯者になる事を選択したんだったな。だから、死ねないんだ。おまえが・・・いったい何を考えて、何処へ行こうとしているかは判らないが、それを完遂するその時まで・・・俺は、おまえの手駒として・・・動く約束をしていたんだった。」
両手で顔を覆い隠し、イルムはそう呟く。
イングラムと言う名の毒を、自ら進んで己の臓腑に収めていた事を忘れていた。
「そうだ。この、欲にまみれエゴで腐り切った組織を内部から破壊してゆく。その準備をする為に・・・イルムガルト・カザハラ、私の為に働くがいい。それが、貴様に残された唯一の生き方だ。」


毒を孕んだ身体は、同時に毒になる。

イルムは、自らも毒になる事を選んだのだ。

それが、喩え総ての人類を敵に回す事になったとしても。


「・・・で、取り合えず俺は、これから何をすればいいんだ?」
顔を覆っていた両手を下ろし、イングラムに向けて顔を上げたとき、イルムの口元には不敵な笑みが浮かべられていた。 



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