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黒の智天使 蒼の堕天使 ♯5


ベッドサイドのテーブルに、白や赤のカプセルや錠剤の入った硝子瓶が幾つも置かれている。その上を、伸ばされた色のない手が彷徨う。
「・・・えと、カプセルが筋力増強剤で5錠・・・白くて小さい錠剤が機能障害抑制剤で3錠、こっちのピンクのカプレットが精神安定剤で2錠・・・大きくて白い錠剤が鎮痛鎮静剤で6錠・・・。あ、免疫抑制の点滴の新しいパックを出さなきゃ。」
そう言いながら、イルムは小さく溜息を吐いた。

新しい身体。

モルモットの特権として、オリジナルが使い物にならなくなっても、直ぐに融通が利くようにクローン培養されていた身体。
傷ひとつない、綺麗な身体。
けれどそこにはそれなりの弊害があり、オリジナルから移植した脳を身体の方が異物として拒絶反応を起こさないように、それ相応の薬品を投与し続けなくてはならない。
そして、培養槽から出てきたばかりの身体は筋力が無い為に、当分の間はリハビリに専念しなくてはならないのだ。
それでもイルムは、短期間の間に腕の筋力だけは人並み程度にまでは鍛える事が出来た。 けれど脚の方はどうにも上手く行かなかった。
己の体重をその二本の脚で支えなくてはならないのだから、それは当然の事なのだとイングラムは笑いながら言ったが、イルムとしてはその当然の事が出来ないのが悔しかった。  
元来の、負けず嫌いな所が、そんな気持ちにさせるのだろう。

勿論それだけではない。

早く歩ける様になり、未だ面会謝絶の札が掛けられている左腕を失ってしまい精神に酷い疵を負ってしまった、まだ年若い少尉の元へ見舞いに行きたかったのだ。
車椅子姿の自分を見たら、彼の繊細な心を更に傷付けてしまう。
イルムは、そんな風に考えていた。


ブゥーンと言う小さなモーター音を響かせながら深夜、廊下を電動車椅子で移動をする。
深夜、誰も居なくなったリハビリテーションルームで独り、イルムはなかなか動いてはくれない脚と毎夜戦っていた。
幾ら軍病院内の特別区に居るとは言え、自分の姿は他人に少々違和感を与えてしまう事ぐらいイルムは充分承知していた為だった。
自分を知っている人物達は割合と多い。
それは父親の存在も大きな要因のひとつではあったが、自分がはじき出す結果がいつも周囲の期待以上の成績を修めてしまうのも原因のひとつだった。

その為に、いつもイルムは人からの期待に満ちた視線に晒されていた。
そんな人物が、今回の事故で僅かに生き残った3人の内のひとりなのだ。
それも、一目では何処に怪我を負ったか判らないほどに回復している。

勿論、今のイルムは自らの脚で歩行どころか、ろくに立ち上がる事すらもまともに出来ないのだが、体中至る所に包帯を巻き、器具で固定されていながらも事後処理に逐われているハミル博士と比べれば、無傷に等しいイルムの姿は違和感を覚えずには居られないだろう。
幾らES細胞から四肢がコピー可能になった時代とは言え、人体丸ごとのクローニングはまだ倫理的規制によって建前上禁止されているのだ。

そんな中イルムが平然と姿を現すのは、非常に疑惑を生んでしまうに違いない。

非常に重体の患者として否、ほぼ死体として搬送されて来た筈のイルムガルト・カザハラが、僅か一週間程度で車椅子で自由とまではいかないが、動き回れる程に快復するなど、本来ならば有り得る筈もないからだ。
とは言え、誰も表立ってその疑問をイルムやその周囲の人物に問い質す者はいない。
そして実際の処、己の思惑とは異なり、そう言う地位に属する存在に入っていたのだ。

イルムは。

けれど本人からすれば、それは自らが努力して得た地位ではなく「カザハラ」と言う名前に付随して来たものと言う認識しかなかった。
そんな状態であったからイルムは、自分が思う様に動けない間は白い髪を染められないし、長すぎる髪も切れなかった。

「・・・あれ?リハビリルームに灯りが点いてる。ヘンだな・・・俺以外にこんな時間にリハビリする酔狂なヤツがいるんだ・・・。」
月明かりと僅かな非常灯の灯りだけが光源の、天井まで届く硝子張りの長い廊下を独り、イルムは車椅子で移動しながら、自分の目指す部屋の電気が点いている事の気が付く。

白いリノリウムの廊下は冷たく月明かりを浴び、その光りを反射している。
静かな、夜の明るい闇。
その時間だけが、イルムは自由だった。
昼間の間イルムは、クローニングされた新しい身体の機能のデータ収集の為に拘束されている為に自分の時間が持てない。
ストレッチャーでデータ処理室に運ばれ、訳の判らない装置や機具や奇異な目の医師達に囲まれ、過剰な薬物投与や実験が幾度となく繰り返し行われ、いつか神経が焼き切れてしまうのではないかと、いっその事、気が狂ってしまえたら・・・と思う様な日々を送っていた。

けれど僅かな時間。

静まりかえった夜の間だけは、自分に許された時間だった。
「・・・誰がいるのかな、こんな時間に。」
部屋の前まで行くと、イルムは直ぐにドアを開けて入ろうとはせず、小窓から中をチラリと覗いてみる。あんなに酷い目に遭っても、見栄っ張りな性格は一朝一夕には治る筈もなく、もしも女性が独りでリハビリをしている様なら、今日のリハビリは諦めようと考えたのだ。実際、自分の苦痛に歪んだ顔を他人に・・・と言うか女性に見せる位なら死んだ方がマシとまで考えていた程だ。
自分が考えていた程、脚は思ったように動いてくれない。
みっともなく転び、無様に這い蹲る姿は、自分としては絶対に女性に見せたくはない。 端から見れば非常にハンパなポリシーではあったが、それだけは決して妥協したくない己に架した矜持でもあったのだ。
それは、自分には母親がいないというコンプレックスからだったかもしれない。
「・・・。」
小窓から中を覗き込み、イルムは息を飲む様に絶句した。
確かに、今朝までは面会謝絶で会うことすら出来なかった筈の金髪の少尉・・・。
ライディース・F・ブランシュタイン少尉が、いた。
僅か一週間程前までは確かにあった両腕。
けれど今は、空っぽになった左の袖が力無く揺れている。
その姿は余りに痛々しすぎて・・・イルムは口唇を噛み締めた。
まだ、疵も癒えてはいないだろうに、自分の身体に鞭打つかの如く、少尉は残された右腕でトレーニングをしていたのだ。
その姿はまるで身喰いの獣の様で・・・。
「・・・よ。ブランシュタイン少尉、もう大丈夫なのか?こんな処に来れるってのは。」 
イルムは気を取り直し、胸に抱いた思いを仕舞い込むと、車椅子が邪魔にならない様に器用にドアを開け、リハビリテーションルームへと入って行く。
「・・・っ!」
唐突に声を掛けられ、イルムにブランシュタイン少尉と呼ばれた、まだ年若い少尉はビクリと身を縮め、ゆっくりと振り返る。
その白く麗しい容は見る影もないほど憔悴仕切っており、太陽の輝きにも似た美しく煌めく金色の髪は、表情と同じく色が褪せてしまっていた為に、イルムは不用意に声を掛けたことに少々後悔をしてしまった。
「・・・イルムガルト・・・中尉・・・。」
イルムの声に反応した年若い少尉は、振り返ると同時に見る間に表情が強張り、驚愕に満ちた表情でそこにいるイルムを見つめ立ち尽くしてしまっていた。
「・・・ん?どーした?俺の顔に、何か付いてるか?」
只でさえ憔悴仕切って顔色が悪いのに、そんな強張った顔で自分を見つめてくる少尉に対し、イルムは訝しげな表情で小首を傾げる。
「・・・あ・・・あなたの髪の毛・・・の色・・・真っ白・・・で・・・。」
蒼い、宇宙に輝く綺羅星をそこに集めて填め込んだかの様な瞳が潤み、震える金色の睫毛の狭間から見る間に色を失ってゆく。

悔恨と、恐怖。喪失と、焦燥。

それらの色が綯い交ぜになった瞳が、イルムを射抜く。

「・・・あ、違う違う。今回の件でこんなになった訳じゃないから。元々、俺の髪の毛は白かったんだよ。普段は染めてたって訳。よく考えてもみろよ。あんな色の髪の毛があるわきゃねーだろ?」
一瞬して少尉が胸に抱いた思いを悟ったイルムは、そう軽口を叩く。
事実をほんの少しだけ知らせれば、大概の人は安心する。勿論、それ以上に疑問を抱くだろうが、突き付けた疑問に対しにっこり笑えば、必然的にその疑問にイルムが答える事を拒否しているのだと、悟ってくれる。
角が立たないように、何事もさり気なく。
それが、イルムが覚えた処世術のひとつだった。
「処で、折角一生懸命リハビリしてる最中で悪いんだけどさ、ちょっといいかな。」
イルムはチラリと壁に掛けられた時計を見ると、車椅子の背に取り付けられたフックにぶら下がる点滴パックから落ちる液体の速度を早める。ゾンネは二本あり、片方の針は首筋に、もう片方の針は手の甲に消えていた。
「・・・何で・・・しょう・・・か。」
青冷めた容は、そんなイルムの姿を凝視しており、決して目を反らさない。
自分のしでかした結果の一例が、眼前にいるのだと胸に刻んでいるかの様な表情に、イルムは胸を痛める。そんなに気負わなくてもいいのに・・・と。
自分も傷付いているのに、他人を気遣わなくてもいいのに・・・と。
「そうだな。こんな処じゃナンだから、休憩室に行こう。珈琲ぐらいなら奢ってやれるぜ。」 
イルムはそう言い、少尉に向けて軽くウインクする。
「・・・はあ。」
一方、何を意図して自分を誘って来るのか判らない為、年若い少尉の表情は曇っていながらも釈然としない・・・といったものに変わってゆく。
「よし、じゃ行こうぜ。」
そんな彼の思いを余所に、イルムは少尉の右手を軽くぽんぽんと叩くと此処から移動しようと優しく促した。


休憩室の一角にある、自販機の前。
「悪ィな、こっちから誘っておいて自販機の珈琲で。」
イルムは照れ臭そうな表情で微笑みながら少尉の方を向く。
「で、更に悪いんだけどさ、車椅子の背にあるポケットに財布があるから、その中からカードを出して貰えないかな。」
そう言ったイルムの微笑は、無邪気と言うか、無警戒なもので、構えていた少尉の方が肩透かしを喰らってしまったかの様に思え、小さく溜息を吐いてしまう。
そしてイルムに言われるまま、背後に回りポケットから財布を取り出し、その中に一枚だけ入っていたカードを抜き取った。
「これ、ですね。」
慣れない片手だけで行うその作業は、少尉にとって少々難儀ではあったが、イルムにカードを渡した瞬間、彼が意図した意味を察する事が出来た。

片手でも、行おうと思えば何だって出来る。
イルムの瞳が、そう言っていたのだ。

「済まんな。まだ思うように脚が動いてくれないんでね。その代わりに、此処の自販機で買える飲み物なら何でも買っていいよ。あ、それと俺はいらないからね。」

けれど、そんなイルムに対して少尉は困った顔でカードとイルムを交互に見つめてしまう。財布から出したカードは見たことの無い特殊なもので、一部の士官にしか使用が許されていないらしく、軍のIDと本人の名前、所属などが記されたものだった。
「・・・?あ、大丈夫大丈夫。使えるって。あ、後まだ俺、食事して良いって言う許可が下りてないから、いらないって言っただけだから。」
「・・・なら、余計に私だけ戴くなど・・・。」
飲食の許可が下りていない・・・と、イルムは軽くにこやかに話していたが、それを聞いた少尉は瞬間、顔色が変わる。よくよくみれば、先日人工太陽の下で見たイルムと比べ、総てに於いて醸し出す雰囲気が変わっていたのだ。
それが、どこがこう変わっている・・・とはっきりと断言できる様なものではなかったがのだが。
「気にすんな。それともナンだ?俺からの奢りが気に入らないってか・・・って言っても自販機の珈琲じゃサマになんねーな、ははは。」
まるで少尉の顔色の理由に気が付いたかの様に、イルムはそう言って再び笑みを浮かべる。けれどその笑みは何処か暗く、果たして本当に、今自分の目の前にいる人物は自分の知っているイルムガルト中尉なのだろうか・・・と、疑問符が浮かぶ。
今までは、イルムの中に燻っている情熱を体現したかの様に、赤々と燃え上がる炎色した瞳なのだと少尉は思っていた。だが今こうして改めて見てみると、今まで自分は酷く考え違いをしていたのではないかと、そして考えを改めなくてはならないのではないかと、思い出したのだ。 
それは、イルムの瞳から発せられる輝きが、赤と言うには余りにも昏く、そして酷く沈んだ赫色なのだと言うことに初めて気が付いたからだった。
果たしてこの昏さは、いったい何処から来ているのだろう。
ただ普通に生活しているだけでは、到底生み出される事のないだろう、深く昏い暗黯を孕んだ赫い闇色の瞳。そして、その赫い瞳がすうっと細められ、じっと見つめていた少尉に向かって、
「・・・何も考えなくていい。お前は何も考えなくていいんだ。今は自分の疵を癒す事だけに専念していればいい。」
情の薄そうな口唇を軽く歪め、皮肉めいた笑みを浮かべると、イルムはそう言葉を続ける。彼はいったい、自分に何を言わんとしているのか。
少尉はイルムが発する言葉から、その真意を読みとろうと試みる。
「・・・いいか?お前には今後、やらなくちゃならない大変な仕事が待ってるだろう。だからその為には休息が必要なんだ。俺とこうして遇っている事だって、そこに至る為のステップにすぎないって事を覚えときな・・・。」
こうして偶然出会えた事すら、必然であったのだとイルムは真剣な眼差しで話す。
事実、こうしてふたりがこの軍の病院に入院している事だけでも、軍関係者の中で極秘事項として扱われ、存在自体が秘匿されているのだ。その渦中の人物同士が出会うなど、極めて稀だろう。それ程までに、あの事故に関し軍事体がナーバスになっていた。
「・・・。」
イルムの話がまだ多少なりとも長くなるだろうと感じた少尉は、彼の好意に甘え、自販機に設置されたスリットにカードを差し込み、エスプレッソと書かれたボタンを押す。
カタンっと小さな音がすると、自販機の中のモーターが作動する音が狭い休憩室に響く。
「・・・今から言う話は、聞き流してくれればいい。ただ、心の心の片隅にでもそう言えば俺が何か忠告していたな・・・とだけ留めて於いて貰えれば、お前さんの為にもなる。」
自販機から熱いエスプレッソの入った紙コップを取り出し、借りていたカードを車椅子のポケットに仕舞い込むと、少尉はイルムと向かい合わせになる位置にあるベンチへと腰を下ろす。

「・・・それで私に、何をさせようとしているのです?中尉。勿体ぶらないで話して下さい。」

少尉はそう言いながらも、ここでイルムの話を聞いてしまえば、自分も後戻り出来なくなってしまうのではないかと何となく感じていた。
けれど、まるでイルムのこれから話す言葉を余すところ無く聞くように・・・と、無くなってしまった筈の左腕が警告するように疼いていたのだ。
「・・・。」
少尉はそのチリチリする感覚に、思わず左肩をそっと抱き締める。
一方、イルムの方はと言うと、そんな少尉の仕草をじっと哀しげ気な表情で見詰めていた。
その表情は、まるで自分の罪を断罪しているかのようだった。

何が彼をそこまで追い詰めているのだろう。
何が彼をそこまで苦しめているのだろう。
その疑問は、決して自分に回答を与えてはくれないだろう。
目の前の男は何もかも総て、己の胸の内に秘め、決して表には出さないだろう。
それが喩え、道化師に身を窶したとしても。
笑って答えるだろう。
これが、己が選択した道なのだからと。

「・・・俺は明日、姿を消す。運が良ければ会うこともあるだろうが、ね。理由は色々あるが、それはお前の与り知らない事だから話さない。だが、これだけは忠告しておく。イングラムを・・・イングラム・プリスケン少佐を絶対に信じるな。」
そして唐突に、自分達の上官である人物の名を口にし、その人物を信用するなと言い出したのだ。その表情は、先程とは一転して激しいものへと代わり、昏い色をしていた赫い色の瞳が燃え上がる炎の様な色彩である緋い色へと変化する。
「・・・ど、どういう事です・・・か?」

判らない。目の前の男が何を考えているのか。
何に挑んでいるのか。
そして。

「言葉の通りだ。人身御供は多少必要だが、それはお前じゃない。お前は、お前にとって必要な人間が現れるその時まで、爪と牙を研いでおくといい。そして、その時初めてお前はそいつの為に、生きろ。」

目の前の男は、自分に何をさせようとしているのか。
何を期待しているのか。

「・・・何を言っているのか、私には・・・判りかねますが・・・答えは、その時に、と言うことですか?その時、あなたがいないかもしれないのに。」
判らない事だらけで、少尉はその言葉の意味通り以外の、裏に含まれた意味を察することが出来なかった。その為、そう答えるしか方法はなかったのだ。
「ああ、それでいい。流石・・・と言う処か。」

赫い瞳が、少尉の蒼い瞳を射抜く。
その視線は酷く痛く、哀しかった。


そして翌日、自分で言ったようにイルムガルト・カザハラ中尉は姿を消したのだった。 
まるでそこに、誰も存在しなかったかの様に、忽然と。  

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