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いつかみた夢(イルム)

その部屋は、とても人が住んでいるとは思えない程、生活感が一切なく、そこの住人の性格を考えるととても信じられなかった。その部屋の住人の名前はイルムガルト・カザハラ。普段の彼は、ストライクゾーンが異様に広く女好きで有名な人物だった。
「イルム中尉、お体の具合は大丈夫ですか?」
小さなノック音と共に、耳をそばだてなくては聞こえないぐらい小さな声で、部屋の中にいる住人に向かって声が掛けられる。
「・・・。」
しかし中からは無言のままで、果たして本当にそこの住人が部屋にいるかどうかも判らない状態だった。
「・・・入りますよ。」
声の人物はそう言うと、暗く最低限の灯りしか点っていないイルムの部屋へと入って行く。

もぞり・・・。

声の主に反応してか、さっきまで人の気配すらしなかった筈のベッドの上で何かが動く気配がする。
「・・・ユウ、か?」
もぞりと動いたベッドの上の固まりが、部屋の外の灯りを浴び逆光の状態の人物に向かって問いかける。その声は酷く嗄れており、普段の突き放す様な口調であるのにも関わらず、何故か柔らかな陽射しにも似た暖かな色合いを感じさせる声質からは程遠いものだった。
「・・・まだ、具合悪そうですね。お薬の方足りているんですか?」
ユウと呼ばれた人物が、心配そうにそう言いながらベッド近づいて行った。
「一応足りてはいるんだけどね・・・所詮オリジナルなワケじゃねえだろ? 酷い発作が起きたときに果たして本当にその薬が効くか・・・何て、まだ誰にも判っちゃいない。」
ベッドの上に蹲る様にして起きあがったイルムは、まるで紙の様に蒼白い顔色のまま、ユウに向かって薄く笑みを浮かべる。SRXチームの前身として組まれたPTXチームの中でも独特な戦法を使うエースとしてその名を名だたらせていたイルムガルト中尉ではあったが、その実、自分本来の実力が何処まであったのか、既に本人すら判らなくなっていた。
自分の上官である人物の命令には従わなくてはならないと考えていたあの頃が、今となっては非常に懐かしく感じるイルムであった。
「・・・この戦いが終われば、きっと治療薬も開発されますよ。だから・・・それまで頑張りましょう。頑張って生き抜きましょう。」
ユウは静かに、そして真摯な眼差しでイルムを見詰めながら呟くようにそう言った。
実際の所、ユウは潜在意識を特殊なマシーンによって引き出し、その部分のみを強化する事に成功した強化人間であった。
けれどイルムは違う。
薬物投与によって強制的に脳へ刺激を与えた状態で、脳内に細工を行うといった方法を取った、いわば疑似強化人間だったのだ。
その為か、ユウにはフラッシュバック的な後遺症に悩まされる事は皆無に等しかったのだが、反対にイルムの方は時々起こる酷い頭痛に悩まされていたのだ。
そして、その事実を知る者は僅かしかいない。
イルムにその任務を命令したイングラムと、その計画を実行したコバヤシ博士、そして同じラボで実験素材として扱われた、ユウキ・ジェグナンだった。
「己の・・・実力に見合ってねえものを半ば強引に詰め込みゃ、ズブのド素人でもなけりゃ結果は目に見えてたんだ。勿論、適性検査に合格しなけりゃどうってことはなかったんだがな、運良くって言うか、運悪く俺はそれに引っ掛かっちまった。・・・ま、上層部の命令は絶対だったんでね、軍人やってるからにゃそれなりに覚悟はしてたけど・・・。だがな、あの頭ン中をぐちゃぐちゃと引っかき回される様な感覚の後遺症だけはどうにかして欲しかったな。大抵のことは我慢出来るんだが、こればっかりはどうにも耐えられそうにないんでね・・・。」
イルムは、じっと見詰めて来るユウの視線を受け止めながらそうぽつりと呟いた。
「・・・後悔、してるんですか?」
「・・・していないって言ったら嘘になるが、もう、すんじまった事だ。今更何を言っても遅いよ・・・。」
そう言葉にしてはみたものの、頭の中では全く違う事を考えていた。それは、こうなる事を多分予期していながらも、命令を冷徹に下したあの男の事だった。
あの男は多分どんな事があっても、人が何を考えているかなど考慮に入れ様とは考えもしないだろう。どの様にすれば今の任務にとって一番効率が良いか、そして必要最低限の選択しか考えた事が無いだろう。
その結果、人がどれだけ疵付こうが知った事ではないのだ。
「・・・なあ、ユウ。リンには絶対にこの事は話すんじゃねーぞ。只でさえ今回の事でリンには心配掛けちまってたんだ。これ以上の心配は掛けたくないからな。」
今回自分が起こした出来事ですら、マオ・インダストリーの社長として働くリンには酷く迷惑を掛けてしまったのだ。これ以上の心配事を増やしたくはない・・・イルムはただ単純にそう思っただけなのだが、そんな彼の思いとは裏腹にユウは思いも掛けない言葉をイルムに向かって投げかけたのだ。
「・・・リンさんに対してだけ口止めをするんですか? 本当は他のひと・・・そう。ライディース中尉にも話して欲しくないんでしょう?」
そう言ったユウの瞳には総てを見透かした様な、それでいて優しく柔らかな色合いを漂わせた光りがあった。
「ふ。・・・おまえさんにゃ、やっぱ隠し事は出来ないらしいや。その通りだ。まあどっちみち、ユウが俺の話を吹聴する様な人間じゃ無い事ぐらい判ってはいるがね、念のためって事で。ただな、ライは俺と同じ位辛い目に遭ってんだ。いや、俺以上かもしれん。それを考えると、例の事件絡みの事は出来るだけ忘れちまった方がいいんじゃねえかって・・・考えてる訳だ。」
頭痛の為か時々眉根を顰め、顔を歪ませながらイルムは呟く様に言葉を紡ぐ。
薬を飲んでしまえば痛みは去るだろう。しかしこの耐えられない程の苦しみを伴う痛みを実感出来ている間は、まだ大丈夫なのだとも思っていた。
痛みすら感じなくなった時、それがひととして最期の時を迎える瞬間なのだと。
「・・・。判りました。このことは自分が死ぬ時まで、胸の内に秘めておきましょう。それがイルム中尉の願いならおれは決してひとに話したりはしません。」
「すまんな、ユウ。俺はおまえに無理ばかりさせちまう。」
ベッドサイドに置かれたテーブルの上にある小さな小瓶を手に取り、イルムはその瓶の蓋を開け、中から数錠の錠剤を掌に乗せると、少々乱暴に口内へと放り込み噛み砕きながら、ユウの優しさに甘受する事を伝える。
今現在、本当の意味でイルムが甘えられるのは、互いのデータを知り尽くしているユウだけだ。こんな事になる前までは、あの男だったのに。
暗く凍える湖にも似た、冷めた蒼の長い髪と氷の瞳を持つアイス・ビューティ。 
そのルックスに見合うだけの魂を持っていたあの男は、ここにはいない。
そしてその男の掌で踊らされた男は、ここで惨めな姿で他人に気遣われながら生きている。それは多分一生・・・。
「・・・いいえ、おれの方こそ。あの時イルム中尉に助けて貰わなければ、あのまま気が狂って廃人になっていたかもしれません。それを考えれば、感謝しても感謝し切れません。」
と、ユウがそう言った所で、思わずイルムはぷっ・・・と小さく笑いを漏らした。
「・・・? どうしました? 何かおれ、変な事言いました?」
変な事を言った覚えはなかったが、もしかしたら何か言い回しが可笑しかったのかもしれないと、ユウは少し首を傾げながらイルムに問い掛ける。
「・・・いや、何ね、男二人で遠慮し合いながら庇い合う姿ってのは、端から見たら結構みっともないんじゃねえかなって思ってた訳。」
ふう・・・っと小さく溜息を吐き、眉間に寄せられた皺を伸ばすかの様にこめかみをマッサージしつつ、ユウに向かって口元だけでニヤリと笑みを浮かべる。
「・・・まぁた不健全な事を考えてるんですか? じゃあおれからも言わせて戴きますけどね、中尉にとってライディース中尉はどんな存在なんですか? 普段の中尉から想像するとライディース中尉と一緒にいる時はてんで格好悪いですよ。リンさんの前にいる時と同じくらいにね。」
そう言いながら両腕を腰に添え、少しばかり目を細めてユウはイルムを覗き込む。少々、嫌みが込められている様だ。
「うわあ・・・怖い、怖い。ユウにゃ隠し事は出来ないね。・・・って事で、ぶっちゃけた話なんだけどさ、俺に取ってライは触れちゃならねー領域なんだよ。勝手な思いこみ。独りよがり。ま、片想いって言うか片恋いか・・・な? あの男に対する想いとは全くと言って良いほど異なる想いだろーな。」
戯けた様子で語るイルムの顔に翳りが宿る。多分、彼の言葉は本当だろう。
イルムにとってライは在る意味、自分がひとである為の心の拠り所なのだろう。
だがもうひとりの男は違う。「愛」とか「恋」などと言う感情以上のものでイルムを雁字搦めにした癖に、彼には何一つ与えようとはせず、ただ奪うだけ奪っていったのだ。憎しみが生まれる程に。
「・・・判りました。じゃあそれも聞かなかった事にしましょう。さて・・・と、そろそろ薬も効いてきたみたいですね。・・・いつもより量が多めだったのが気になりますけど、まずは差し迫っているものから片付けていかないといけませんからね、中尉には無理を強いてしまう事になりますが、ミーティングの時間なのでブリーフィングルームに行きましょう。」
チラリと腕時計が指し示している時間の確認をすると、ユウは申し訳なさそうな表情でそう告げる。まだイルムの顔色は悪く、紙の様に白い。このままブリーフィングルームに行けば勘の良いひとなら、イルムの体調の悪さが判ってしまうだろう。
だが行かねばならない。それが彼等に架せられた使命なのだから。
「・・・この薬も、飲んで於いて下さい。多少の顔色の悪さを誤魔化してくれるはずです。」
ユウはそう言って、ポケットの中から小さなカプセルを取り出しイルムに渡す。
以前、ユウがラボで実験を受けていた時に担当医から渡された薬のひとつだ。
そんなものを飲まなければ耐えられない程の過酷な実験をさせられていた・・・のだが、今となってはもう、どうでもいい事だった。
その時発現した力があるからこそ、今ここにこうしていられるのだから。
「・・・サンキュ。じゃ、行こうかね。遅刻するとブライト艦長に叱られるからさ。」「はいっ!」
ユウは全開の笑顔で応えると、直ぐにイルムが出られる様に支度を整え出す。



ふと、イルムは部屋を出る瞬間、自分に割り振られた部屋を振り返ってみた。
色気も何もない、殺風景な冷たい部屋。今日も生きて再びこの部屋へ帰って来られる保証などない刹那な生き方。
夢など見ない、いや見る事の出来ない生活。
そして、果たして自分はここに居て良いのかと、自問自答し存在意義について考えてしまう瞬間。
「・・・ゆめを見たのは、もういつ頃だったか、忘れちまった・・・な。」
吐息にも似た言葉は、傍らにいる少年に聞こえる事はなかった。
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