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戦士の休息(イルム)

血が。
昏い色をした血が、両手に着いている。
誰が流した血なのか。
それすらも判らないほどの大量な血が、自分の両手を塗らしている。
グルンガストを駆って、撃墜した敵の数だけ血が流れているのだから。
生と死の狭間。
今、自分が立っている場所は、そんな所だ。
撃たなければ、撃たれる。
判っていた。
判っていたはずなのに。

「……ああ」

自分の口から、吐息とも溜息とも取れるものが吐き出される。
ゆるゆると、視線を泳がした先に見えるは、皓々と煌めく闘いの灯り。
消えては現れ、現れては消える。
星の瞬きにも見えるそれは、人の死の瞬間。
美しいまでに輝くそれは、魂が一瞬にして燃え尽きる時。

「なんてキレイなんだ…」

漂う視線は、その星の瞬きにも似た輝きを眺めながら、刻一刻と迫り来る瞬間を待っていた。





「グルンガスト、収容しましたっ!」
至る所から火花や煙を吹き出しているグルンガストは、転がり込む様にしてデッキに帰投する。
「消火班っ! 急げっ!」
3次防御ネットで漸く動きが止り、ロブによって促された整備スタッフは誘爆と引火をこれ以上引き起こさないようにグルンガストへ消火剤を大量に吹き付ける。
被弾箇所は少なかったが、場所が悪い…。
ロブがぽつりと漏らした呟きが、総てを物語っていた。
消火が終了すると、居ても経ってもいられなかったのか、ロブは制止するスタッフを余所に、自らの手でグルンガストのコクピットハッチへとメンテナンスバーを寄せ、非常用レバーを引く。
幾ら消火が終わっており、耐熱スーツを着用しているとは言え、高熱を発しているボディに触れるのは自殺行為にも等しかったが、ロブはそんな事など構ってはいられなかった。
「イルムっ! おいっイルムっ!! 大丈夫だよなっ!」
手順を踏んで開けて行かなくてはならないハッチが、今のロブにはもどかしかった。
空気が抜ける音がして、ハッチが開かれる。
と、同時にロブはある意味、嗅ぎ慣れた臭いが自分の鼻の奥に飛び込んで来た事に対し、眉間に皺を寄せる。
それは、慣れたくもないし、慣れるはずもない臭い。
血臭だった。
右大腿部に突き刺さるように、剔るように喰い込んだ、折れたコンソールパネル。
とっさに行ったであろう応急処置をしたお陰で、パイロットスーツ内に血が溢れ窒息死は免れては居たが、余りにも出血量が多すぎる。
だがイルムは、そんな状態であるのにも関わらず、
「…よぅ。ロブ…リュウセイ達にゃ…言うなよ…」
ロブの存在に気が付いたのか、虚ろな瞳のままそう言って軽く手を挙げ、そしてそのまま意識を手放した。




いつ死んでもおかしくはない場所に自分はいる。
戦場にいる限り、それは等しく手招きしているのだ。
さっきまで笑いあって居た仲間が、5分後には屍となり、冷たく凍える宇宙空間に投げ出される。
それが日常に起きる場所に自分がいるのだと、仲間の死を目の当りにする度に自分に言い聞かせてきたはずなのに。
いざ、直面すると色々考えてしまうものだな…と、朦朧とした意識の下でイルムは思う。
決して、死が恐ろしい訳ではない。
勿論、甘んじて死を享受するつもりも無かったが、それでも軍規によって遺書を書く時点で、それを克服しなくてはならないのだとずっと考えてきた。
だが、子供達の事を考えると。
まだ、死ねない。
まだ、死にたくはない…と思った。




「…多分、もう大丈夫だと思うけど…モルヒネ…足りるかな…」
簡易手術室で、イルムの大腿部に喰い込んでいたコンソールパネルの破片を除去したリョウトは、抗生物質と数点の薬品を点滴として準備しながらリンに漏らす。
この艦には、今、医師が居ない。
その代わり、多少なりとも知識を持ち合わせている者が交代で医療に携わっていたのだが、流石に手術となると誰も代わりになる人間がいなかった。
そこへ、イルムと同じく負傷して医療室にいたリョウトに白羽の矢が立った。
「済まない…この様な事を、本当は君にさせるべき事ではないのだが…」
リンはそう呟くと、リョウトに頭を下げる。
「いいよ、別に。ボクは気にしませんから。こーいう事は出来る人間がやるべきだと思ってるし、それが出来るのがたまたまボクだったってだけですし。」
そう言いつつそのリョウトは、医務室の棚の中をごそごそと探る。
「…それに、ボクも何かしてたいし…」
棚から小さな薬の瓶を見つけ、そのラベルを確認しつつベッドに横たわるイルムの元へと行く。
その後ろ姿を見ていてリンは、溜息をひとつ吐く。
このリョウトも戦争の犠牲者のひとりだ。
戦争さえなければ。
子供達が闘い、苦しまなくてもいいのに。
そして、イルムがこんな目に遭わなかったのに。
「…じゃ、後は…お願いね…」
口にしたい言葉を飲み込み、リンはリョウトにそう言う事しか出来なかった。
「大丈夫。…ボクに任しといて下さい。それに、そう簡単にくたばる様な人じゃないでしょ、このひとは…」
「そうね…ありがとう」
リンはそう言って、後をそのリョウトに任せブリッジへと帰っていった。



「大人って大変だね」
リョウトはベッドサイドにすたすたと移動する。
「…わるかった…ね…」
眠っていると思っていたイルムだったが、リョウトの言葉にゆっくりと瞼を開き、ひび割れた唇から掠れきった声だったが普段と変わらぬ軽口が漏れた。
「ま、当分起きあがれないと思うから… これを機にちょっと休む方がいいと思うよ。中尉。もう…お疲れなんじゃないんですか? ボク達からしたら…結構…年なんだし」
先ほど準備していたモルヒネをイルムへ打つ為に、注射器をパックから取り出しつつリョウトは、にっこりと小憎たらしい笑みを浮かべた。
「…年って…なぁ…。まだ若いつもりだったんだがなぁ…これでも…」
「そーいう事を口にしちゃうってところが、既に年なんですよ」
アンプルの口を折り、その中へ注射器の針を差し込み液体を吸い上げる。
そんな事をイルムは思いつつ、透明な液体が入った注射器が、そっと自分の腕の静脈に挿されるのを見詰めていた。
「…まあねぇ…君たちからすりゃ…ひとまわり以上年齢が違うんだ…もう…年…かもなぁ…」
針が抜かれるのと同時にイルムは天井の方を向き、そう言って溜息を吐く。
「はい。納得出来たらちゃんと寝て下さい。実を言うと、もうそんなに薬ないんで、モルヒネ切れたら痛いの我慢して自力で寝てもらわなきゃならないんですよ」
まるで子供をあやすかの様にリョウトは軽くイルムの肩をほんぽんと叩き、今度は先ほどとは異なる本来の柔らかな優しい笑みでイルムを見詰め、
「…外が気になるかもしれないですけど、無理して死んだらどうしようもないと思いますよ? ホント、休暇でも貰ったと思って、暫く寝ていて下さい。まあ、どのみちそんなに長い間寝ていられる訳でもないでしょうですけど…戦力不足は…これ以上補えませんからね…」
そう言って、イルムに背を向けた。
その背は、己の不甲斐なさを責めている様にしか見えない。
パイロットを引退し、メカニックになっていたとはいえ、それでもパイロット不足を考え出撃したのも束の間、敵戦艦の爆撃に耐えきれず、折角出撃しても直ぐに帰投するはめになってしまった自分の不甲斐なさを攻める気分は、イルムだって判らないではない。
だがイルムは敢えて、掛けるべき言葉を飲み込み、
「ああ。暫く休ませて貰うとするよ…だから君も…気負わず…もう…休んでいいんだからな……」
と、いつもと変わらぬ口調で軽口を言う。
それが今の自分に出来る、精一杯の事なのだとイルムは判っていたからだ。
「…ありがとう…ございます。では、お互い休養を貰ったと思い休みましょう」
そんなイルムの思いにリョウトは背を向けたままだったが、片手を挙げ答えつつ、部屋を後にした。
一方イルムは、そんなリョウトの背を眺めながら、うつらうつらと静かな眠りに入っていったのだった。



静かな、そして僅かな休息だった。
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